取って付けた様な難癖を付けられ、彼に廊下で呼び止められてからもう何十分になるだろうか。

「私の門下生の方が魔術回路は優秀なはずなんだけどねえ、」

目の前の男の口から絶えることなく紡がれる嫌味を右から左へと受け流しながら、名前は腕時計の文字盤にそっと目を這わせる。そこでようやく彼に呼び止められてからまだ十分しか経過していないことを知ったが、名前にはこの十分が一時間にも感じられた。

貴方の出来の悪い弟子とは一代しか違いませんよ、と言いたくてたまらないのをなんとか押し留め、ただぐっと押し黙って延々と続く嫌味に耐えながら、早く会話が終了するようにということだけに思考を割く。まったく、それにしても、こちらが黙っているというのにこの男はよく喋る。

「聞いているのかい、名前・苗字。それとも私の話が難しかったのかな。……ふん、どうせ君が首席になれたのも、ロード・エルメロイに色目でも使ったからなんだろう?」

「なっ……!」

男のこのひと言ばかりはさすがの名前も憤慨した様子を顔に出さずにはいられなかった。

私が色目を使ったところでケイネス先生が私に振り向きなどするものか!……じゃなかった、私が首席になれたのは私の努力の賜物だ。ケイネス先生と私の評価とはまったくもって関係ない。

かっとなった勢いで何か言い返そうと顔を上げると、突然、ふわりと頭の上に何か乗せられたような感触がして名前ははっと隣を振り向いた。その感触が何なのかを理解して途端に熱くなっていた頭がじわじわと冷めていく。

「私の教え子が何か?」

聞き馴染んだ声、頭の上に乗せられた掌に、驚きと嬉しさがじわじわと込み上げてくる。いつもどうしようもなく惨めな気持ちになったとき、救い出してくれるのは、この人だ。

二言、三言、ケイネス先生と言葉を交わすと、私に難癖をつけてきた男は苦虫を噛み潰したような顔で足早にこの場所から離れていった。

その後ろ姿をほっと安堵の息を零しながら見送る私の隣で、ケイネス先生が勝ち誇ったようにふんと鼻を鳴らす。それから私の頭の上に乗せたままになっていた掌に気付いて、慌ててその手をぱっと退かした。

「ありがとうございました。」

「……べ、別にお前のために助け船を出してやったわけではない。私も前々からあの男のことが気に食わなかったからで、」

「それでも、ありがとうございます。」

慌てて弁明しようとした彼の発言を遮って名前が丁寧に頭を下げる。本当に、いつもどうしようもなく惨めな気持ちになったとき、掌を差し伸べてくれるのはケイネス先生だ。それがとても嬉しくて、けれど同時に申し訳なくなる。

「でも、先生の株まで下がってしまいますよ、きっと……、」

「ふん、貴様ごときで私の評価が下がるものか。」

事もなさげにきっぱりと言い切った彼にじんと名前の胸が熱くなった。彼がそう言い切ってくれることが嬉しい。どうしようもなく嬉しい。

それからすぐに、では、と言って彼と別れた後も、名前は暫くの間呆然とその場所に立ち尽くしていた。ただ胸に残った余韻が、立ち尽くしている間にもじわじわと大きくなっていくのを感じながら。


悪夢も翳る君の手で


(ここから掬いあげてくれるたったひとつの方法。)