伯爵様の発熱
「…どうしてこんなになるまで言わなかったんですか」
「…仕事に穴を開けるわけにはいくまい」
デジタルの数字は38.7℃を表示していて、いつもより赤みのある肌には汗が浮いている。熱を出すどころか体調不良の色すら見せたことのない彼の発熱に動揺を隠せなかった。
ソファに気だるげに足を投げて横になる姿はいつもの優雅さのあるそれとは違い余裕の無いもので。
「…びっくりしたんですよ。楽屋で倒れたって黒崎先輩から連絡が来て…」
「…家までもたなかったのが唯一の不覚だな」
「…そういう問題じゃありません。…これ、貼りますよ。一瞬冷たいですからね」
額を出すために前髪をかき分けると汗に濡れた髪の毛が指に絡む。いつもより眉根の皺が深い様な気がしてどうして気づいてあげられなかったのかと悔しさが溢れた。
「…どうして、お前が泣く」
「…だって、私…」
私が気づいてあげていれば、ここまでの熱なのだから何らかの異変があった筈なのに、私がちゃんと見てあげていたら。
言いたいこと、謝りたいことがいっぱいなのにどれも喉につっかえて声にならない。
「…お前が気に病む事など何一つ無いというのに…」
「…っ、ごめ…なさ…い」
ぽろぽろと落ちる涙が先輩のスーツを濡らす。
私がこんなに泣いていてはかえって迷惑を掛けてしまうのに、涙はどんどん溢れて視界はすっかりぐちゃぐちゃになってしまった。
「そんなにだらしのない顔をするでない。…心配を掛けたな」
すまない。そう言っていつもより温かい指が頬に触れる。溢れる涙が私の頬と先輩の手を伝って落ちていく。
「本当は数日前から少々の違和感はあったのだ。大したことはないだろうと思っていたし、お前に余計な心配をさせぬようにと何事も無いように振舞っていたのだが…結果として迷惑を掛けてしまったな」
そんな事はないとふるふると首を動かすと優しく動く指が撫でる様に頬を這う。少しの後、ふ、と息を一つ吐いてほんの少し口角を吊り上げた。
「…お前に弱い所を見せたく無いという見栄が祟った様だ」
「…辛い時は、ちゃんと言って下さい」
「…次からは考えるとしよう。……さて、少し眠りたいな」
「寝室へ行かれるなら付き添います」
「…いや、ここでいい」
するりと頬を離れた指が今度は私の胸の前に差し出される。
「…少しの間、傍にいてくれるか?」
150514
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