「 ─── え?」
「何だ」
身体が熱い。まだ中が疼いてるのは、もっと別の刺激が欲しいから。
いつもだったら、こんなところで終わらないのに。
「……別に、何でもないし」
納得のいかない感じを引き摺りながら、ずり落ちたズボンを上げてベルトを嵌めれば、頭上から被せるように声が届いた。
「仕事が溜まってんだよ。お前もさっさと帰れ」
完全に肩透かしを喰らって俺は釈然としないままベッドから降りてネクタイを結ぶ。
別に付き合ってるとか断じてそんなんじゃなくて、好きとかそういうのも全然なくて。
これが遊びだってことはちゃんと知ってる。ここでこうしてちょっとのスリルを味わって快楽を貪って、お互いに愉しんでるだけ。
この学校を背負うために、この人はそう遠くないうちに教師なんて辞めて、家柄のいい女の人と結婚するんだろう。胸の中でもやもやとくすぶる何かを押し出そうと、俺はこっそり溜息をつく。
「次はピスタチオのマカロンが食べたい」
「あんなもんのどこがうまいんだ」
呆れた声に俺は少し笑って、それから試すように口を開く。
「先生、ここが痛いんだけど……」
トントンと押さえる左胸に視線を移して、先生は椅子にゆるりと腰掛ける。顔に浮かぶ薄ら笑いは、何かを企んでいるように見えた。
「理玖。お前、夜は出られるか」
「え?」
眉を上げる俺を見据えながら、形のいい唇が言葉を紡いでいく。
「治してやるからうちに来いよ」
どくん、と心臓が跳ね上がる。いや、それ逆効果だから。
「俺、先生の家知らない」
「仕事が終わったら連絡するから、家で宿題でもして待ってろ」
宿題なんて出てないんだけど、俺は勢いで頷く。嬉しいわけじゃなかった。ただ、びっくりして鼓動が激しい。
「うん、じゃあ帰りにマカロン買っといて」
「お前なあ」
「先生、バイバイ」
そわそわして居ても立っても居られなくて、俺はドアの鍵を開けて廊下に飛び出す。
陽の落ちつつある外気は涼しい。胸いっぱいに吸い込めばなぜだかほんのりとオレンジの香りがした。
ほんの少しほろ苦いその空気を俺はそっと吐き出しながら、魅惑の温室をあとにする。
"オランジュリーの誘惑"
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