TWICE[7/7]

「すごく気持ちよかった」


情事を終えてシャワーを浴びた後、俺の隣に横たわりあっけらかんとそう言う郁は、両腕をおれの首に回し、きれいな顔で上目遣いに覗き込んでくる。


「一志さんは、どうだった?」


セミダブルのベッドは1人で寝るには十分だが、男2人には狭過ぎる。だから俺は仕方なく郁を抱き締めて身体を寄せる。


「……よかったよ」


密着する肌は同じ体温で、心地いい。

身体の相性はよかった。それは間違いない。

けれどこれは一夜限りの関係で、朝になれば俺たちは見知らぬ者同士に戻る。

溜息をつきながら、眠りにつくためにゆっくりと目を閉じる。

セックスの後はいつも眠くなるのに、今夜はなぜか妙に目が冴えてしまっていた。


「俺さ、母子家庭だったんだ。一人っ子だから、子どもの頃は兄弟が欲しくて。よくそんなことを言って母さんを困らせてた」


唐突に、郁がそんなことを話し出す。そっと目を開ければ、暗がりの中で濡れた漆黒の瞳が光を放つのが見えた。


「父親は別の人と家庭を持ってたから。母さんは妾で、俺はその子ども。なんか、ありきたりのドラマみたいだよね」


そう言って、自嘲気味に笑う。俺は郁の問わず語りを聞きながら、何か引っ掛かるものを感じていた。


「父親はよくうちに来てたし、俺も血が繋がってることは知ってたから、それなりに懐いてたんだ。欲しいものは何でも買ってくれるし、小遣いもくれる。いい人だったよ。
俺が中学に入ってすぐの頃だ。部屋で寝てると、父親が入ってきた」


俺は呼吸を潜めて次の言葉を待つ。郁は俺をじっと見つめたまま、微笑みの形に唇を歪ませて言葉を続けた。


「俺はわけもわからないまま自分の父親に女みたいに犯された。その日から高校を卒業するまで、俺は父親の性処理の道具。母さんはもちろん気づいてたけど、何も言わなかった。受け入れたくなかったんだろう。見て見ぬ振りをし続けた母さんは、結局精神に異常を来たして今は入院してる。多分、もう病棟から出られない」


暗い夜の海を彷彿とさせる瞳が、強張る俺の顔を映し出していた。

冴え冴えとした眼差しに、背筋を冷たいものが駆け下りる。


「でもさ。その父親が、最近死んだんだ。俺の人生の中で、最高に嬉しい知らせだったな。なんせ殺したいぐらい憎いと思ってたのに、勝手に死んでくれたんだから」







蘇るのは、解像度の低いディスプレイに映されたような、朧げな記憶。

幼い頃。幼稚園から帰ってきた俺は、外へ行きたいのに渋々家の中で遊んでいる。今日は来客があるから外へ行かず家でおとなしくしているようにと、母親に言い聞かされていたからだ。

インターホンが鳴って、朝からピリピリしていた母親が足早に玄関へと赴く。俺は気に入っていた精巧な造りの赤いミニチュアカーを手に、その後をついていく。

美しい女に手を繋がれた、よその幼稚園の制服に身を包む幼子。2人はよく似た面差しをしている。

俺は、その胸元の名札に書かれた名前を目で追う。

脳裏に焼きつくのは、6文字の平仮名。






郁はゆっくりと顔を近づけて、俺の唇を噛んだ。

小さな鋭い痛みと共に、血の味が広がっていく。

舌を出しながらその血を舐めとるように口づけて、羽住郁(はすみかおる)は妖艶に微笑んだ。


「逢いたかったよ、兄さん」






"TWICE" end



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