「セックスのときって、どうして苦しそうな顔をするんだろうな」
情事の後の気怠さが、ぬるく肌に付き纏う。
つまらない俺の問い掛けに、隣に横たわる男は美しい微笑みを浮かべながら、夜の海のような瞳に小さな焔を灯す。
「決まってるじゃないか。苦しみと快楽は、区別が付かないぐらいすごく近いところにあるからだ」
ああ、そうか。
だから、お前は俺のところに現れたんだ。
自らの身体に刻み込まれた因縁に抗うことなく、この苦しいほどの快楽を享受するために。
*****
最終の高速バスに乗り込んで座席に腰掛ければ、無意識に深い溜息がこぼれた。
田舎の人間関係は息が詰まるほど濃密で面倒だ。どこの誰が何をしたとかしないとか、誰彼ともなく瞬く間に広がっていく。子どもの頃から俺は自分を取り巻くそんな環境が苦手だった。
葬儀ともなると、風習はより色濃く表れる。
初七日を終えてから逃げるように実家を出てきたものの、帰ったところで明日の講義には出席する気にもなれなかった。
とにかく早く自分の下宿先に戻って、身体を休めたい。
憎くて仕方がなかった親父が、50歳を前にして呆気なく亡くなった。
身体が怠い。食欲がない。長引くそんな症状は気候の変化で身体が弱っているせいだと、病院嫌いの親父はなかなか医者に診てもらおうとしなかった。
けれど、季節をひとつ越えても親父の体調はよくなるどころか悪化していく一方で、とうとう家で意識を失い救急で搬送される。
親父は、末期の膵臓癌だった。
『苦しむ期間が短かくて、よかったのかもなあ』
名前も知らない遠い親戚の言葉が、耳にこびりついて離れない。
それはとんだ間違いだ。
じわじわと次第に迫る死の恐怖に怯えながら、長く苦しめばよかったんだ。
自分がしてきた悪行を悔やむぐらい、ゆっくりと時間をかけて。
葬儀の間、涙ひとつ見せなかった母さんも、きっとそう思っていただろう。
「あの、すみません」
不意に通路を隔てて隣に座る男に声を掛けられて、俺は振り向く。
一見して学生風の男。俺より少し年下だろうか。
女受けの良さそうな整った顔立ちに、意思の強そうな瞳が煌めいている。
どこか中性的に感じられる容貌は、一度見れば忘れられないほどに印象的だった。
「もしかして、浪川会長の息子さんですか」
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