「いいよ。春樹のことは、ちゃんと知っておきたいし。隠れてコソコソされる方が、嫌だしね」そう言いながら、背中に回した腕にそっと力を込めて抱き返してくる。「春樹はいろんな女の人と付き合ってきたけど、中でも忘れられないのは美希ちゃんと、美希ちゃんに失恋したときに慰めてくれたアスカちゃん」その名前に、ドキリと心臓が跳ね上がる。アスカ。突然美希が出て行って、どうしようもなく落ち込んでたところを淋しさを紛らわせるために行きつけのバー「PLASTIC HEAVEN」で契約して ─── 俺のところにやってきた、4日間だけの恋人。神様に与えられたきれいな顔。淋しがりやで、色っぽくて、身体からは花のような甘い匂いを放っていて。その何もかもを、今でも鮮明に憶えてる。うっかりアスカに反応してしまった息子を、処理してもらったときのこととか。『1人でするより、してもらう方が気持ちいいでしょ』ハイ、めちゃくちゃ気持ちよかったです……。『最後の儀式だ、ハルキさん』蜂蜜の匂いのするグロスを塗った艶やかな唇に誘われて、理性をぶっ飛ばして身体を重ねたときのこととか。『ハルキさん、好きだ』俺も好きだったよ、アスカ。もう少し長く一緒にいれば、俺はきっとお前から離れられなくなってた。たとえ、お前の心の中に他の誰かがいるとわかってても。足繁く飲みに行っていたあのバーも、幾ら通い詰めてもアスカには会えないことを悟ると次第に足が遠のいてしまい、ここしばらくすっかりご無沙汰だ。─── アスカ。今、どうしてる?お前が幸せになってたらいいんだけどな。「今、何考えてた?」急に声を掛けられて、ふと我に返る。ずっと黙ってたけど、実はアスカって男なんだ。そんなことを言えば、さすがに引かれるに決まってる。この秘密は墓場まで持って行くか。「あー……皆が幸せになれたらいいなって」「いつから博愛主義者になったの?」適当なことを調子良く答えれば、返ってくるのは呆れたような声。「ね、春樹」名前を呼ばれて顔を上げれば目の前で微笑むのは、めちゃくちゃかわいくて、信じられないぐらい度量が広くて、俺にはもったいないようないい女。一緒に住み始めて1年。あんなに女ばっかり喰ってたのに、お前のせいで俺はすっかり落ち着いちゃったよ。ふっくらとしたその唇が震えるように動いたかと思えば、思いも掛けない言葉を紡ぐ。「結婚しよっか」心臓が止まりそうなぐらい、びっくりした。─── え、それ……今言っちゃう? 俺はガックリしながら、それでも込み上げてくる幸せな気持ちに自然と微笑みが零れてきて、鼻先の距離で見つめ合いながらゆっくりと唇を近づける。「こんな俺でよければ」まさか、先に言われるとはなあ。唇にふれる柔らかな感触を味わいながら、サイドボードに隠した婚約指輪をどのタイミングで出そうかと必死に考えを張り巡らせる俺がいた。"Engagement Kiss" end - 20 - bookmarkprev next ▼back