HONEY LIPのポスターには、子どもと大人の狭間にいるような可憐で妖艶な少女が、ハリウッドスターばりに整った顔をした白人の男とキスする寸前の距離で映っている。桜色の唇に煌めくのは、蕩けるように艶やかな光。会社やデパートのコスメカウンターに貼られたそのポスターを見る度に、俺はそのモデルにどことなく似た男のことを思い出す。あのグロスにまつわる、もうひとつの忘れられない想い出。いつの間にか黙り込んでしまった美希に、俺は声を掛ける。「美希、どうかした?」『 ─── ハルくん』美希は遠慮がちな声で、俺の名を呼んだ。『今まで本当にありがとう』わずかに震える声が、耳に届く。「こっちこそ。美希、ありがとう。幸せになれよ」『うん、ハルくんもね』俺は美希を幸せにしてあげられなかった。でも、美希の幸せを祈ることはできる。4年分の想いを断つように、通話を切った。「電話、終わった?」寝室の扉を開ければ、待ち構えてたようにそんな声を掛けられて、俺はベッドに向かっていく。「ああ、終わった。もう架けてこないってさ」そう言った途端、びっくりしたようにベッドから身体を起こして俺を見つめる。さらりとした長い黒髪が胸元で揺れた。「 ─── え?」「美希、結婚するんだって」言葉にすれば一層気分が沈んでしまう。何、この女々しさ。ホント、自分で自分が嫌になるよ。「そうなんだ。それは落ち込むね。おいで」天使のように優しい言葉に甘えて、俺はベッドに潜り込む。小柄な身体をギュッと抱きしめると、今使ってるシャンプーのいい匂いがした。「……お前、ホントよく出来た女だね」「気づくの遅いよ」こうして抱き合うだけで、気持ちが妙に落ち着く。穏やかな気持ちとは裏腹に、息子は反応してくるんだけど。これは男の生理現象、仕方ない。「でも、私としては嬉しいな。これでもう美希ちゃんと浮気されなくなるんだから」「おい、ちょっと待て。俺、美希とは別れてから本当に何もないし、大体お前と付き合ってから浮気したことないんだけど」ゴメン、合コンは何回か行ったけどね。ほら、高城が誘ってくるから。人数合わせでさ。あ、知ってるか。「立派な浮気だよ。精神的な浮気」そう言われてしまうと、返す言葉がない。 - 19 - bookmarkprev next ▼back