「おかえり、ユウ」
夜遅くに冷たい外の空気を纏いながら帰ってきたユウを玄関先で迎えれば、いつもと同じ優しい微笑みを僕に向けてくれる。
「アスカ、ただいま」
すれ違う瞬間、ふわりとアルコールのにおいが鼻を掠めて、外で飲んできたんだとわかる。
だから僕はユウのあとを、少し痛む胸を押さえながらついて歩く。
ベッドの中で目を開けて寝転んだまま待っていると、ユウが寝室に入ってきた。
その手には、きれいに光るシルバーのトレイ。
乗せられているのは、ユウが最近気に入っているスコッチウイスキーの瓶と、底の厚いクリスタルグラス。アイスペールには氷がたっぷり入っている。
ローテーブルにトレイを置いてソファに掛けたユウは、トングを手にしておもむろにグラスに氷を入れる。
「僕も付き合うよ」
起き上がってそう言えば、ユウは僕に目をやって薄く笑った。
「飲めないのにか」
頷いてベッドから抜け出し、ソファへと歩いていく。ユウの隣に座って、琥珀色の液体がグラスにゆっくりと注がれていくのをただ見つめる。
「きれいだね」
深い色合いは、宝石のように美しかった。
ユウがグラスを傾けて口の中に流し込むのを、僕は傍で黙って見ている。
大抵の場合、ユウはお酒を飲むと少し饒舌になる。でも、今日は別だ。
静かな2人だけの時間が、緩やかに流れていく。
「それ、おいしい?」
お酒に弱い僕にとっては、ウイスキーをロックで飲むなんて未知の世界だ。
グラスを片手で持ちながら、ユウは僕を横目で見つめる。
「飲んでみるか」
慌ててかぶりを振れば、ユウは唇の端で笑った。
「アスカ、こっちに」
低く響く声で囁かれて、背筋がゾクリと震える。
「ユウ……」
グラスを一口呷って、僕の頭の後ろを手で支えて。逃げる隙も与えられずに、唇が重ねられた。
口の中に流れ込む苦味に僕は顔を顰める。
アルコールの持つ熱がゆるりと廻っていく。
「……ん、っ……」
唇を割って入り込んできた舌が、僕の口内を緩やかに弄った。歯列をそっとなぞられ上顎をくすぐられてから舌を絡め取られる頃には、僕はもうそのキスに酔ってしまっていた。
唾液で割られた芳香なアルコールが思考をぼんやりとさせていく。
「……あっ」
突然唇を離されて、僕を満たしていた舌が急になくなってしまう。
その喪失感に小さく喘げば、ユウはおかしそうに笑った。
- 16 -
bookmark
|