君に捧ぐ恋モノガタリ[14/17]

ずるりと昂ぶりが中を這いずり抜けていく感覚に、思わずしがみついて腰を押しつけた。浅いところをくすぐるように擦られて、また奥を穿たれる。
次第に自分の感覚が麻痺していくのがわかった。あまりにも気持ちよくて、自分が自分じゃなくなっていく。焦れるほどにゆっくりとしたその動きを繰り返されるうちに、全身から力が抜けてしまう。
抱きしめる両腕の力が緩んで離れる度にまた絡ませて、眠りに落ちる寸前のような状態で俺はこの深い海に漂っていた。

「ああ、気持ちいい。ひかるの中、トロトロだ」

うっとりとした顔でそう口にして、那津は深く息を吐いた。そのきれいな姿に見惚れてしまう。
それに比べて俺は、身も心もひどく朧げで不明瞭だ。融けて融けて、俺を構成する輪郭がなくなっていく。このままだと、形も残さず融けてしまうかもしれない。那津と俺の区別も付かなくなるぐらいに。
そうか。那津は水に還って、ずっと俺とここにいればいいんだ。
快楽に揺られながら、俺は頭の片隅でそんな馬鹿なことを真剣に考えていた。
朦朧とした意識はふわふわと頼りなく揺蕩い、余すことなく快感を受け入れる。

「那津、那津」

何度も名前を呼んできつく抱きつけば、それよりも強い力で抱き返してくれる。濡れた身体を重ねて、水分で肌がぴたりと隙間なく合わさる。
どうにかして繋ぎ止めたいと思う。この部屋の中だけでもいい。時間が止まって、このままずっとこうしていられたら。

だけど、それは叶わない。

昂ぶる身体を持て余しながら、意識を手放してしまわないように那津に縋りつく。

「ひかる、好きだ」

耳元で吐息混じりの甘い告白が聞こえて、その瞬間弾けるように身体から熱が放たれた。

「 ── あ、あぁ……ッ」

瞼の裏に、目映い閃光が走り抜ける。
ビクビクと跳ねる身体をしっかりと抱きとめられて、身体の奥にじわりとした感覚が広がっていく。奥に叩きつけるように注ぎ込まれる熱が気持ちいい。
鳴り響く心音が、那津のそれと混じり合って不思議なリズムを奏でる。両腕を汗ばむ背中に回したまま、俺は荒く息をついてただその鼓動を心地よく感じていた。
水面に波紋が広がっていくような余韻が心地いい。瞼の裏に描かれた放射状の模様を辿りながら、乱れた呼吸を整えようとする。

「ひかる……」

目を開ければ那津が俺の顔を覗き込んでいた。困惑した表情なのは、俺が悲しいと感じるよりも先に涙をこぼしていたからだろう。
流れる雫を掬うように、唇が目尻に押しあてられる。柔らかく濡れた感触にキスが欲しくなって、追いかけるように顔を動かして唇を重ねた。
ぷるんとした弾力は、蕩けそうに優しい。
繋がったまま、時間を惜しむように抱き合って身体を押しつける。
ほんのわずかでも那津と離れたくなかった。どうして一緒にいられないんだろう。考えたって結末が変わらないことはわかっている。でも、頭で理解しているからといって納得しているわけじゃなかった。
那津とこのままずっとこうしていたい。
しばらく二人で黙ったまま、抱き合って肌を合わせていた。何度もキスを交わしている間に、愛おしい時間は少しずつ削られていく。

「那津、ひとつ訊きたいんだけど」

キスの合間にそう囁けば、指先で前髪を掬われて額に唇が触れる。くすぐったくて吐息がこぼれ落ちた。那津のくれるものは、いつだって極上に柔らかい。

「何?」

「どうして那津は、俺に近づいて来たのかなって」

「ひかるのことが気になってたから」

簡潔にそう答えて、那津は俺の瞳をじっと見つめる。くっきりときれいな二重瞼の下で、眼差しは甘く揺れていた。

「ここに来て間もない頃に、何となく成り行きで聖也と一緒にいるようになった。本来の目的を抜きにしても色々と新鮮で、全てが興味深かった。この調査を楽しみながら聖也と一緒にいるうちに、いつも聖也を見てるひかるのことに気がついたんだ。そうやって気になり始めると、いつの間にかひかるのことばかり目で追うようになってしまっていた。でも、ひかるは僕のことなんて全然眼中になかったんだよね」

那津の話に耳を傾けながら、俺はぼんやりと那津とこうなる前のことを思い出そうとする。
確かに那津の言うとおりだ。俺は聖也しか見ていなかったし、まさか自分が誰かに見られているなんて、思ってもいなかった。

「聖也のことを好きなのに、黙って健気に目で追いかけてるだけだなんて、かわいいなと思って。僕がひかるの傍でサポートしてあげて、二人が上手くいけばいいなと、最初は本当にそう思ってたんだ。でも、結果としてはダメだったね」

小さく笑いながら、那津は俺の唇をそっと人差し指でなぞった。まるで、魔法を掛けるように。
その瞬間、ふわりと視界が霞に覆われていく。
おかしいなと気づいて何度も瞬きをする。みるみる見える範囲が暗くなるのがわかった。次第に視野が狭まって、丸い円になっていく。
声をあげようと思ったのに、なぜか喉に引っかかってうまく言葉が紡げない。

「那、津……」

やっとのことで名前を呼んだのに、那津はそれを塞ぐように唇に口づけた。
全身を襲うおぼつかない感覚に、意識が流されていく。

「ごめんね」

全てを諦めたような、淋し気な声だった。その間にも、那津の存在する世界はどんどん小さくなっていく。

「帰る前に、この身体を元のところへ返しに行かなくちゃいけないんだ」

だからもう、お別れだ。

そう囁いて、泣きそうな笑顔を見せる。こんなのは、あまりにも突然で理不尽じゃないか。
やっと俺は君のことが好きだと気づいたのに。
言いたいことはたくさんあった。だけど何も口にすることができないまま、ふつりと糸が切れるように気が遠退いていく。

「 ─── バイバイ、ひかる」

遥かから微かに聞こえてきたのは、素っ気ない別れの言葉だった。






目が覚めると、見慣れた部屋の天井が見えた。一瞬で全てを思い出して、反射的にガバリと跳ね起きる。

那津がいない。

空いた空間を確認するまでもなかった。まだ夜は明けていないから、ほんの2、3時間しか眠っていないのかもしれない。
ベッドから立ち上がり、速まる鼓動を落ち着かせようと深呼吸して、ふと思いあたる。
那津のことを、俺はちゃんと憶えている。ということは、那津はまだ帰っていないんだ。
それは確信にも似た予感だった。那津はここを去る時は必ず俺の記憶を消していく。そう思っていたからだ。

そうだ、宇宙船。

慌てて部屋を飛び出した俺は、一目散に外へと駆けていく。






全速力で走って目的のところに着いたものの、辺りには人の気配がなかった。
家のすぐ近くにあるここは、子どもの頃によく遊んでいた場所だ。ブランコ、滑り台、砂場。最低限の設備が整った、こじんまりとした公園。
那津はここに宇宙船を置いていると言っていた。だけど、それらしきものは見当たらない。誰かに見つかれば大変なことになるだろうから、何らかの方法で隠しているのかもしれない。
まだ星へ帰っていないとすれば、那津は必ずここに現れるはずだ。
外灯の支柱に手を掛けて乱れた息を整えながら、俺は大きな声で名前を呼んでみた。

「那津!」

借りていた身体を返しに行くと言っていた。だとすれば、那津はもう本来の姿に戻っているんだろう。そうだとしても、かまわなかった。

「那津、会いたいんだ。もう最後だから、お願いだ」

もしかしたら那津はどこかで俺の様子を窺いながら、ここから立ち去るのをじっと待っているのかもしれない。
だけど俺は諦めるつもりはなかった。
だって、まだちゃんと那津に別れを言っていないんだ。


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