「じゃあ、証拠を見せてよ」
休日の昼下がり、小洒落たカフェの一角で。元彼女で現セフレの小夜子が、俺を上目遣いに睨みつけながら頬を膨らませて怒っている。
まあ、そりゃそうだろう。
「勘弁してくれ。そんなものないよ」
ほとほと困り果ててそう言う。我ながら、情けない。
「付き合ってるなんて、やっぱり嘘なんじゃない」
そりゃ怒るのも無理ないよな。
横目でチラリと俺の隣に座る美しい人を見ると、意外にも涼しげな微笑みを浮かべていた。
「別れてからも、セックスしたいって誘ってきたのはそっちでしょ。なのに今更切りたいだなんて、無視が良すぎる」
「おい、大きな声で言うなよ」
周りのテーブルの客が一斉にこっちを見るから、俺は慌てる。
そうだよ、全部俺のせいだ。
別れてからも、身体の相性が良くてつい都合よく小夜子を利用してきた俺が、間違いなく悪い。
でも、ずるずるとそんな関係を続けているうちに、小夜子があわよくば俺とよりを戻したいと考えていることに気づいてしまった。
このままじゃよくないと、考え直したんだ。
だから、うまく小夜子が俺を諦めてくれるように、新しい彼女役を、わざわざ金を出して雇ったのに。
「そんな男の子なんか連れてきて、一体何の冗談? いい加減にしてよ」
俺だって、今日会うまで知らなかったんだ。
アスカが、まさか男だったなんて。
「証拠があれば、諦められる?」
アスカが、口を開く。その横顔は、どんな女も敵わないぐらい美しかった。
「仕方ないね」
呟くようにそう言って、俺の首に腕を回してくる。
「え、ちょっ」
時間が止まった、気がした。
唇に押し当てられたその柔らかな感触が、アスカの唇だとわかるまで、時間が掛かった。
口内に挿し込まれる舌に、誘うように絡めとられる。
引き離そうとするのに、力が入らなくて。
「……ん……っ」
吐息と共に漏れる声がまた、堪らなく扇情的で。
甘い蜜をこぼすようなキスに、下半身が素直に反応し出した。
その先をせがむような、濃厚なキスを繰り返して。
やがて衆人環視の中、アスカがゆっくりと唇を離す。
「これで、どう?」
挑発的な瞳を小夜子に向けて、アスカは微笑んだ。
俺と同じぐらいに呆然としていた小夜子は、気を取り直したかのようにアスカを見た。
「バカにして……!」
コップを手にして、あろうことか、その中身をアスカにぶちまけた。
パタパタと水が滴り落ちる音が響く。
頭から水を被ったアスカは、それでも全く動じる様子はなかった。
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