気持ちよさに何度も身をよじれば、ベッドに下肢を押し付けるように強く穿たれた。
「───あっ、は、あぁ……ッ」
そこから急に激しく突き上げられて、チカチカと頭の中で何かが光を放つ。
これはきっと警告だ。この先はもう進んじゃいけない。引き返せなくなるから。
でも俺はその合図を必死に見ないふりをして、与えられる感覚を貪欲に味わい尽くそうとする。
「はる、と……さ……ッ、あっ」
飛びそうな意識を必死に繋ぎ止めながらうっすらと目を開けて見上げれば、そんな俺をじっと見つめるふたつの瞳が見えた。
「かえで……」
俺の名前を囁くその響きが堪らなく好きで、苦しいぐらいの快楽に揉まれてるのに、つい微笑んでしまう。
今だけでいいよ。
何も考えないで、俺のことだけを見てて。
形の違う半月同士がいびつな部分を強引に重ね合わせるように、俺はこの人とひとつになる。
そんなことをしたって、満月にならないことはわかってるのに。
きつくきつく抱き合って得体の知れない熱に呑まれながら、俺は遥人さんと縺れるように快楽を貪り続けた。
カーテンを少しだけ開けて空を眺める。輝く月が神秘的な光を放つ夜だ。
きれいなシティホテルのダブルベッドの中。ふかふかの布団が肌に心地いい。
「俺、ラブホテルはあんまり好きじゃないんだよね。大抵窓が開かないから」
全部が全部じゃないけど、窓を塞いでいるラブホテルはすごく多い。その理由が、防犯上のものだったり、音漏れの対策だったりすると知ったのは、結構最近だった。
俺を後ろから抱きしめてる遥人さんが、耳元で囁く。
「楓、わざと嫉妬させてるの?」
「……んッ」
罰を与えるみたいに耳朶を噛まれて、小さな熱のような痛みを感じた。
少し考えれば、その理由に思い当たる。
そうだ。俺が遥人さんとラブホテルに入ったのは、最初の1回だけだった。
「多田さんもヤキモチとか妬くんだね。そういうの、嬉しいかも」
名前を呼ぶのは、セックスの最中だけ。そうやって線引きしたら、気持ちも割り切れるから。
見上げれば、遥人さんは少しだけ困った顔をして笑ってる。俺はその左手を取って、目当ての指にそっと唇を近づける。
指先を丹念に舐めて、そのままゆっくりと舌を指の付け根の方に辿らせれば硬い金属にあたった。
2人の間で生まれる熱の全てを吸い込むぐらい冷たい、プラチナのリング。
品のある光を放ちながら指にピッタリと収まるそれを、舌先で転がすようにぐるりとなぞってから口に含む。
硬質がカチリと歯にあたって、思わず力を込める。
このまま噛み砕くことができたらいいのに。
どうしようもなくつまらない考えが、頭をよぎる。
『別に、取らなくていいよ』
こんな関係になったばかりの頃、薬指に嵌められた指輪を外してきたこの人にそう言ったのは俺なのに。
だって、これがなくなったって遥人さんが結婚してる事実は変わらないから。
「……俺ね、多田さんとエッチするの、大好き」
そう言って笑えば、遥人さんは俺を引き寄せて唇を寄せながら囁いてくれる。
「俺も楓が好きだよ」
例えば、俺が奥さんよりも早く遥人さんと出逢えてたら。
遥人さんは俺のことだけを好きでいてくれて、奥さんとは当然結婚することもなくて。 俺は遥人さんを独り占めにすることができたのかな。
何度自問したかわからない不毛な仮定を振り払いたくて、俺は遥人さんの下半身に手を持っていく。
ちょっと大きくなってきてるそこを握りしめると、意志を持った生き物みたいにピクリと動いた。
緩く扱き上げながら、上目遣いに笑い掛ける。
「ね、もっかいしよ?」
溺れてるっていう自覚はある。それがこの人の身体になのか、この人自身になのかが俺の中ではもう曖昧になってる。
肌を合わせれば、そんなのはどうでもよくなる。
遥人さんとのセックスはめちゃくちゃ気持ちいい。それはすごく嬉しいことなのに、なぜかちょっと悲しい。
誰も見てないと思って窓の外に目をやれば、満月に近い形をした月が淫らなことをする俺たちを見下ろしてた。
明日には満月になる月だ。
遥人さんに対する気持ちがいつの間にかあの月のように満ちていってることに、俺は気づかないふりをする。
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