K01 : 熱の入江[6/24]


俺はすっかり臨戦モードになってて、もう目の前にぶら下がってるおいしそうな餌が欲しくて堪らなくなっていた。

オフホワイトのワンピースが華奢な肩から滑り落ちれば、滑らかな陶器みたいにきれいな肌が露わになった。

『楓のその瞳、ゾクゾクするね』

濡れた眼差しでそんな風に言われて、俺は思わず笑ってしまう。

『美桜ちゃんもね』

口角が上がって、無表情な顔が少し柔らかくなった。いつもそうやって笑えばいいのに。

美桜ちゃんが笑わないのは、自己防衛なのかもしれない。この世界はきれいな女の子には危険過ぎる。だから、そうやって殻に閉じ籠ってるんだ。

俺は大学生になって初めて仲良くなった女の子の身体を大事に大事に愛撫して、温かく濡れたその中にゆっくりと半身を沈めていく。





欲を吐き出した後の気怠い身体を持て余しながら、目の前の長い黒髪に指を絡ませて梳いていく。

シャンプーのCMに出れば、その商品はきっと売れる。本気でそう思うぐらいツヤツヤした髪が、指の間をするすると流れる。

美桜ちゃんの身体はすごく気持ちよくて、フェラとかもしてもらえてしかもめちゃくちゃ上手くて、もう最高だった。

クールな普段とのギャップにクラクラしながら夢中になって肌を重ねて、身体はいい感じに満足してる。

なのに美桜ちゃんはおもむろにベッドからむくりと起き上がって、ふう、と軽く溜息をついた。

『楓だったら、イケると思ったのに』

まさか身体を繋いだ後の第一声がそれだとは思わなくて、びっくりして俺も身体を起こす。

『えっ? あれ、演技だったの!?』

すごくショックなんだけど!

『バカ、そうじゃない』

そう言いながら、美桜ちゃんは甘ったるいキャラメルみたいな色のバッグを引き寄せてポーチを取り出す。中から出てきたのは、ピンクのメンソール。

細いシガレットを慣れた手つきで口に咥えて、シルバーのライターで火を点ける。

『美桜ちゃん、煙草吸うの?』

『こういうときだけね』

こういうとき、というのはエッチの後ということなんだろう。

美桜ちゃんは細い両脚を左手で抱えて三角座りをしながら、ふう、と溜息みたいに紫煙を吐き出す。

きれいな顔立ちの女の人って、なぜだか妙に大人っぽく見える。美桜ちゃんも例外じゃない。

なのに、今の美桜ちゃんは小さな子どもみたいだった。

『私ね、普通の恋愛ができないの』

煙を燻らせながら、美桜ちゃんは呟くように口にする。

『普通の人と、普通の恋愛ができない』

『どういう意味?』

何だか深刻そうな話だった。そっと顔を覗き込めば、美桜ちゃんは上目遣いに俺を見つめる。

『私、年上の人が好きなの。少し上とかじゃなくて、お父さんぐらいか、もっと上。だから、私がいいなと思う人には』

気持ちを落ち着かせるみたいに煙草を咥えて、すうっと吸い込む。おいしいから吸っているというより、まるでわざと身体に悪いものを取り込もうとしているかのように。

『必ずと言っていいぐらい、奥さんがいる。子どももね』

ゆらり、ゆらり。

煙は自由になりたくてふわふわと頼りなく浮かぼうとするのに、窓も開かないこんな部屋に閉じ込められてる。だから、仕方なく俺たちの周りを漂うしかない。

『必然的に私の恋愛は、イコール不倫。楓とはセックスできたけど、気持ちは熱くなれなかった』

美桜ちゃんは自分にすごく素直なんだと思う。クールで無愛想な美桜ちゃんが、俺の中で不器用で愛おしい女の子に変わっていく。

俺は手を差し伸ばしてねだってみる。

『それ、一口ちょうだい』

細い指に絡んでいた煙草を解くように手にして、そっと口に含んだ。

ニコチンもタールも最低限の、アクセサリーみたいなメンソール。

吸い込めばスッと胸に靄のような煙が入ってくる。

『貞操観念とかそういうの、俺が1番苦手な分野なんだけど』

『知ってる』

俺の性生活が奔放なことは、美桜ちゃんだってよくわかってるはずだった。別に隠してもいないし、俺がよく一方的にそういう話をしてる。

『多分、その辺は涼平もアヤシイよ』

『それも知ってる』

美桜ちゃんは薄く笑う。

俺も結婚してる人とエッチしたことはある。男とも、女とも。でも、ずっと継続してそんな関係を続けたことはない。

都合のいいときに気持ちよくなれて、後を引きずらなければお互いに愉しめる。ただそれだけだ。

普通の人と、普通の恋愛。普通って何だろう。俺にはわからない。

『楓は私とちょっと似てるかもね』

『そうかなあ』

煙草を返そうと身体を寄せたら、美桜ちゃんの顔が近づいてきて、唇が優しく触れる。

甘い味がしたリップグロスはもう取れてしまってたけど、キスをしながら舌を出して唇を舐めてみた。

柔らかな感触が心地よくて、高級なお菓子をそっと舌で突ついてる気分になる。

俺の真似をするみたいに、美桜ちゃんも舌を差し出す。怪我を負った動物がそうやって互いの傷を癒すように、何度も唇を舐め合った。

『美桜ちゃん。煙草、もう消していい?』

囁くようにそう訊けば、返事の代わりに小さな掌がもう軽く反応してる俺のものを弄っていく。

小さな熱が折り重なり合う感覚に焦れながら細い首筋を唇で辿って、膨らんだ胸の頂きにキスをした。

それが、俺が女の子とした最後のエッチだ。


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