the 3rd day[4/25]

大学を卒業してすぐに入籍した兄夫婦は、その年の6月に結婚式を挙げた。
大好きな兄ちゃんと翠ちゃんが結婚したことはすごく嬉しかったけれど、それと同時にかなりの淋しさを覚えていたのも事実だ。2人が新居に住んでから、会う機会は極端に減ってしまっていたから。

結婚式は親族だけのささやかなものだった。こじんまりとした教会は、天窓のステンドグラスから射し込む光がとても印象的で、神聖な雰囲気を醸し出していた。確かにそこは2人が永遠の愛を誓うのに相応しい場所に思えた。
純白のウェディングドレスを着た翠ちゃんがヴァージンロードをゆっくりと歩いていく姿は神々しいぐらいにきれいで、俺は瞬きをすることも忘れて見入ってしまっていた。
あの日以来、結婚式には何度も出席してるけど、今まで見た花嫁の中でも翠ちゃんが断トツにきれいだった。

新婦の親族として深い青のワンピースを着て参列していた朋ちゃんは、その日の主役である翠ちゃんに負けないぐらい美しかった。
当時彼女はまだ15歳の女の子だったけれど、5歳下の俺にとってはすごく大人に見えたし、実際に年齢よりも大人びていたと思う。

透きとおる白い肌、長い睫毛、澄んだ瞳、艶やかな桜色の唇。彼女の持つ全てのパーツは、精巧な人形みたいに完璧に整っていた。でもその顔に浮かぶ微笑みが、彼女の1番の魅力だった。

俺にとって羽山翠と羽山朋未という姉妹は、光と影のように思えた。
朋ちゃんは、翠ちゃんのように明るい陽射しを彷彿とさせるような輝かしさは持ち合わせていない。けれど彼女には夜道を優しく照らす月のような、控えめで艶やかな魅力があった。
そして俺は、そんな朋ちゃんにやっぱりどうしようもなく惹かれていた。

兄ちゃんたちの結婚式では久しぶりに大好きな彼女に会えたものの、結局挨拶程度の会話しか交わすことができなかった。気恥ずかしさもあったし、意識してしまうと緊張して何を言えばいいのかわからなくなり、とても話をすることができなかったんだ。

朋ちゃんに抱いているこの感情には、年上の女性に対する憧れも混じってはいたんだと思う。けれど、それだけではなくこれが紛れもなく恋だということを、俺は自覚していた。
そして、彼女は小学生の俺が同級生にちょっかいを掛けるように容易く手を出せるような相手ではないことも、ちゃんとわかってた。
だからこの時も、同じ空間にいたにも関わらず、朋ちゃんと俺の人生は交差することはなかった。





兄夫婦に子どもが産まれたのは、それから1年ほど経ってからのことだ。

翠ちゃんは予定日の1ヶ月前には新居から実家に帰って里帰り出産をする段取りだった。就職してすぐに妊娠したこともあって、当然勤めている会社は辞めることになるだろうと身内は皆話していた。

翠ちゃんの勤め先は、輸入物のインテリアや雑貨を扱う小さな会社だった。けっして有名な企業ではないけれど、彼女はそこが扱うアンティーク調の家具もさることながら、そういったものを日本の住宅環境に適したコーディネートプランと共に提案していくという経営理念をとても気に入っていたらしい。だから、内定が決まった時には本当に喜んでいたというのは、俺がもう少し大きくなってから耳にした話だ。

彼女にとって幸いだったのは、その会社の経営者が子どものいる年配の女性だったことかもしれない。育児をする女性の雇用に関しては今よりも更に厳しい時代だったけれど、翠ちゃんは妊娠が判明してからもそこで懸命に働く姿が認められて、復帰を熱望された。だから、1年ほど産休と育休を取ってから復帰することが決まった。

翠ちゃんは出産予定日の1ヶ月前まで仕事をして産休に入り、出産を迎えるために新居から実家へと帰って行った。
兄ちゃんは週末が来る度に翠ちゃんの実家に通っていたみたいだ。その頃にはもう俺は兄ちゃんと直接連絡を取ることも少なくなっていた。今みたいに携帯電話も普及してなかったから、わざわざ家に電話を架けるのも気が引けたしね。だから兄ちゃん達のことはほとんどが親父や母さんから聞いた話だ。初孫が楽しみだったんだろうな。出産が近づくにつれ、2人ともしょっちゅう兄ちゃんと連絡を取っていたから。

俺の頭には翠ちゃんの実家には当然朋ちゃんもいるんだろうなというのがあって、朋ちゃんに会える兄ちゃんが羨ましいなんて馬鹿なことを思ったりもしていた。

そうして2人の間に産まれた待望の赤ちゃんは、女の子だった。産後しばらくして翠ちゃんが実家から自宅に戻ってから、俺は両親に連れられて兄ちゃん達の赤ちゃんに会いに行った。

初めて間近で見たその子は、もう堪らないぐらいめちゃくちゃかわいかった。
また生後1ヶ月とかそのぐらいだったのに、顔立ちがすごくしっかりしていた。目の辺りなんて、兄ちゃんにそっくりなんだ。くっきりとした二重瞼の下から覗く目は大きくて、ほっぺがぷっくりと柔らかそうで、産毛までキラキラしていた。
この小さな赤ちゃんが、俺には本当に希望そのものに見えたんだ。

『うわあ、かわいい』

一目見て思わず感嘆の声をあげた俺に、兄ちゃんと翠ちゃんは顔を見合わせて嬉しそうな微笑みを交わした。

『拓磨くん、抱っこしてみる?』

翠ちゃんの穏やかな表情は、すっかり母親のものになっていた。女の人ってすごいなと思ったよ。ついこの間大学を卒業したばかりの翠ちゃんが、今はちゃんとお母さんに見えるんだ。しかも、とびきりきれいで素敵な母親だ。

『いいの? 赤ちゃんを抱くの、初めてなんだけど』

『大丈夫だ。首を支えてやって』

俺もまだ慣れてないんだ、とにこやかに笑う兄ちゃんから受け取って恐る恐る抱かせてもらったその子は、想像していたよりもずっと軽かった。



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