the 2nd day[11/18]

「えっ、そうなの?」


口を挟むミチルに、ハルカはただ謎めいた微笑みを返すだけだ。そうか、本当のことかどうかを言ってはいけないんだ。それもハルカの決めたルールなんだろう。
けれど、今耳にしたことは俺も知っているハルカ自身のことだった。だからハルカは、本当の話が1回。


「次はミチルの番」


ハート形のクッションが、今度はミチルのところに回される。それを恐る恐る膝の上に置いて、ミチルは重い口を開いた。


「僕の名前はミチルで、歳は……18」


そんな初歩の段階で、一旦止まってしまう。この子は本当にごまかすことが下手だ。出会ったときに18歳だと言ったのは自分なんだから、きちんと貫けばいいのに。俺はハラハラしながらただミチルを見守る。


「僕、学校にはずっと行ってなくて、でも、家にいる方が好きだったから、別に学校に行きたいっていうわけじゃなくて……」


語尾が消えて、表情がみるみる翳っていく。嘘をつくならもう少しうまくついてくれよ。こんなに正直で、この子はこの先ちゃんと生きていけるんだろうか。全く放っておけない。

そこまで話してから完全に言葉に詰まったミチルは、俺の目の前にクッションを差し出してきた。たったそれだけしか話さないのかと思ったものの、ここで無理強いをして心を閉ざされるのは具合が悪い。

ミチルは、嘘の話が1回。

これで1巡したから、次は俺の番だ。ここで出さなければいけない話題がどんなものなのかは、もうわかっている。
自分の家族についての話だ。


「俺が1歳のとき、実の母親が病気で亡くなった。亡くなったときのことを憶えていないせいか、不思議と産みの母親がいないことを悲観したことはないんだ。でも、そんな小さな頃のことを憶えてるはずがないのに、どうしてだか母親に抱きしめてもらったときの光景や匂いは憶えてるんだよ。勘違いかもしれないし、後付けのイメージを自分の記憶と履き違えているのかもしれない。それでも、俺にとってはすごく大切な思い出だと思ってる。
母親が亡くなってからしばらくの間、親父は祖父母の力を借りながら俺を一生懸命育ててくれた。俺が5歳のときに、親父が再婚して義理の母親と兄ができた。幸いなことに2人はすごくいい人たちだった。血の繋がりはなかったけれど、そんなことは関係ないぐらい家族の仲はよかった。俺は1番年少だったし、家族みんなから愛されて育ってきたと思ってる。
血の繋がらない兄貴は12歳上で、カッコよくて頭もよくて、何でも知ってたしすごく優しかった。兄貴は子どもの頃から俺の憧れだった。もう辞めようとしてる今の仕事に就きたいと思ったのも、兄貴に連れて行ってもらったヒーローショーを見たことがきっかけだ。兄貴は俺のヒーローだったから、兄貴に少しでも近づきたかったんだ。
俺の初恋の相手は、兄貴の奥さんの妹。ハルカによく似た、とてもきれいでかわいらしい人だった」


2回目に口にした本当の話は、懐かしい家族と大好きだった朋ちゃんの想い出。もう二度と戻ることのない、俺の人生で最もきれいな記憶を思い浮かべながら、俺はハルカにクッションを回す。

やや憂いを帯びた顔でしばらく唇を結んでいたハルカは、やがて溜息のように言葉を紡いでいった。


「僕には物心ついた頃から父がいなかった。父と母は離婚していて、父が家を出て行った理由がどうやら女性関係らしいということは大きくなるうちに何となく察することができた。母は父の写真を残らず捨ててしまっていたし、家では父の話をすることは赦されなかった。僕は、父がどんな顔をしているのかも、どんな人なのかも知らない。生きているかどうかさえもわからない。
でも、それを悲しいと思ったことはなかった。父がいないことが僕にとっては当たり前だったし、父がいなくても十分過ぎるほど周りの人に恵まれてたと思う。だから、今更父のことを知りたいとも思わない」


そう言って、そっと息を吐きながら強張っていた表情を緩めてミチルにクッションを差し出した。
それはハルカ自身の話? 心の中で問いかけてみるけれど、俺には答えがわからない。ハルカはもう、いつもの優しい微笑みを浮かべている。
もしかするとこれも、本当の話。

ずっと俯いて聞いていたミチルは、唇をきつく噛み締めたまま何かを考え込んでいるようだった。

俺とハルカは家族の話をした。ミチルはこの流れでどんなことを語るんだろう。やや色の薄い唇が震えながら開くのを、俺は固唾を呑んで見守る。


「僕、一人っ子で」


意識していなければ聞き逃してしまいそうな程に小さな声で、ミチルはとうとう自分のことを話し始めた。


「お父さんとお母さんは、僕が小学校に入る前に離婚した。もともとお母さんが家にいることは少なかった。だから、僕にはお母さんとの思い出はほとんどないし、今どこにいるのかも知らない。
あばずれでインランな女は、お前を捨てて逃げた。
僕は、お父さんにずっとそう言われてきた。お父さんは、よくそういう乱暴な言い方をするんだ。お母さんがいなくなる前から、家にいろんな女の人が出入りしてたことを憶えてる。でも、その人たちが何をしに来てたのかは知らないし、僕は知ろうとしないようにしてた。
お父さんはよく家を空けたけど、食費だと言ってちゃんと僕にお金を渡してくれたし、何日かすると家に帰ってきてくれた。僕はお母さんに捨てられたから、お父さんには捨てられないようにしないといけなかった。
お父さんはこんな僕を育ててくれてる。お父さんは僕にとってたった1人の家族だから、大事に思わないといけないんだ。なのに僕は、お父さんのことをどうしても怖いと思ってしまう。自分のお父さんを好きになれない僕は、ダメな子どもなんだ」




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