そして、僕は陽太とそれきり会っていなかった。「……那由ちゃんは、元気?」久しぶりに幼馴染みの彼女の名を出して尋ねれば、陽太は照れたような笑顔を見せる。「元気元気。今回は、俺の都合だったから1人でこっちに帰ってきたんだけどさ」ちゃんと関係が続いていることに安堵して、だけど同時に羨望を感じてしまう。2人の絆の強さが今の僕には眩しくて、なぜだか少し胸が痛い。大学に入った当初は陽太から時々電話が架かってきて近況を連絡し合っていたのに、いつの間にかそれが少なくなり、途絶えていった。それはきっと向こうの大学入学も近づいてきて生活が慌ただしいからだぐらいにしか思っていなくて、そこまで気に留めてもいなかったし、邪魔をしてはいけないとこちらから連絡することも控えていた。そうこうしているうちにサキの病気が発覚して僕を取り巻く世界は一転し、陽太との連絡も含めていろんなことを気にする余裕がなくなっていった。「確かに、向こうでの新しい生活はバタバタしてたし、大学の入学準備が重なって忙しかったっていうのもあるんだ。なんか余裕なくてさ。落ち着いてからちゃんと連絡しようと思ってたのに、夏に携帯をうっかり落っことして、飛鳥の連絡先がわからなくなった。だからこっちに戻ってきたときに、前に使ってた携帯を探し出して飛鳥に電話を架けたのに、その番号は使われてないってアナウンスが流れた。番号を変えたのかと思って、お前の家まで行ったよ。でも、会えなかった」一気にまくし立てた陽太は、運ばれてきたアイスコーヒーにミルクを入れてストローで軽く掻き回しながら、僕を見据える。「その時家にいた飛鳥のお姉さんに、飛鳥がいなくなったことを聞かされた」ああ、ルイに会ったんだ。そう考えた途端膿んだ胸の傷がじくじくと痛み出して、僕は唇を噛み締めながらその感覚に堪える。「 ─── 沙生、死んだんだってな」包み隠すことのない真っ直ぐな言葉と視線が、僕に注がれていた。嘘もごまかしも許さない眼差しが痛くて、僕は居た堪れずに俯く。黙って下を向いていると、陽太は溜息をついて僕の顔を覗き込むようにほんの少し首を傾げた。「飛鳥。お前、今どこにいるんだよ」恐る恐る目線をを上げれば、労わるような陽太の表情が見えた。転んで怪我をした子どもに手を差し伸べているときのような、そんな顔だ。途端に胸に暖かな何かが込み上げてきて、僕はそれを逃がすように小さく息を吐く。ああ、本当に僕のことを心配してくれているんだ。「誰にも言わない。飛鳥の家族にも」念を押す言葉が続いて、僕の背中を後押しする。陽太に嘘はつけない。「サキのお兄さんの、ところ……」沈黙が降りる。サキがこの世界からいなくなってから僕が誰にも行き先を告げずに家を出て、サキの兄のもとに身を潜めている。それがどういうことなのか、色々と思いあぐねているのかもしれない。「俺がいない間に何があったのか、ちゃんと説明してくれ」陽太は居ずまいを正して、僕と向き合う。信頼できる誰かに話を聞いてほしいという気持ちはあった。僕の内に渦巻いている全てを吐き出してしまえれば、少しは何かが変わるのだろうか。けれどその反面、怖くて仕方がないんだ。だって、全てを知れば陽太は僕のことをどう思うだろうか。「……軽蔑するよ」やっとのことで声を押し出すようにそう言えば、即座に陽太は眉根を顰めてかぶりを振った。「おい、ここまで来てそれはないだろ。見くびんなよ。俺がそんなに小さい人間に見えるか?」「ううん。見えない……かな」「そこは言い切れよ」陽太の口振りに、僕はつい笑ってしまう。久しぶりに会う高校時代の友人は、僕が幸せを存分に享受していたあの頃と何ひとつ変わっていない。こうして一緒にいられることが嬉しくて、けれど同時にあまりの懐かしさに胸が締めつけられて痛くなる。「ほら、話せよ。飛鳥」優しく促されて、僕は固まった心をほぐしていくように、自分の中で整理した言葉を少しずつ陽太に吐き出していった。サキが病気になったこと。サキが僕のせいで生命を失ったこと。ルイがサキの子どもを産んだこと。そして、僕がユウのところへ逃げ込んでからしてきたこと。掻い摘んで話し終えた頃には、グラスの中の氷はすっかり融けてしまっていた。水滴に濡れたグラスを手にした陽太は、ストローは使わずに直接グラスに口を付けて、アイスコーヒーを一気に飲み干した。唖然と見つめる僕の目の前で、バン、と大きな音を立てて空のグラスをテーブルに置く。「あー! 腹立つ!」「 ─── え? え?」唐突に大きな声を出すからびっくりして椅子ごと身を引いてしまう僕を、陽太はムスッとした顔で睨みつける。「沙生だよ、沙生! 飛鳥がいるのに何てことするんだよ。飛鳥を悲しませたら俺がゆるさないって、ずっと言ってただろ」「陽太……」けっしてサキに直接言っていたわけではないけれど、確かに陽太がよくそんなことを口にしていたのは憶えてる。すごく不思議な気分だ。今まで、僕の前でこんな風にあからさまにサキを責める人はいなかったから。悪いのはサキの支えになれなかった僕だというのはわかっていた。けれど、理屈抜きに僕の肩を持ってくれる陽太の勇ましさが、強張った僕の心をほんのりと暖かくしてくれる。 - 47 - bookmarkprev next ▼back