the 3rd day[12/12]

穢れを知らないかのように澄んだ瞳に涙を湛えて、アスカは俺をじっと見下ろす。

祈りのような眼差しが、俺に向かって真っ直ぐに注ぎ込まれる。

誰しもが喉から手が出るほどに欲するほどの美しさを持つのに、アスカはそこに何の執着もない。

何もかもを捨てて、全てを忘れてしまいたい。望むのは、ただそれだけなのだ。

その姿は、一心に咲き乱れながらも散りゆく運命を待つ花のようだ。

危うい儚さに駆り立てられて、俺は性の衝動を抑えきれなかった。

気が狂わんばかりの快楽を求めて、その体の奥深くを穿っていく。

「あ、んッ、あぁ……ッ」

熟した甘やかな匂いを撒き散らしながら、アスカは俺の首に絡みつくように抱きつき、腰を揺らして応えてくる。

呼吸を塞ぐようにねっとりと纏わりつく闇の下で、花は人知れず鮮やかに咲き誇る。

アスカのひときわ弱い部分を押し潰すように腰を動かせば、俺を包み込む中が引きちぎるほどの勢いで締めつけを強めた。

「あぁ……、ァ、あ……っ」

仰け反る喉が艶かしく動いて、高い嬌声が途切れ途切れにあがる。

ふたつの身体の間に挟まっていた震えるものから、薄い蜜が零れた。

もう、出すものもないのだろう。魚が酸素を求めて喘ぐように、先端は小さな口を苦しげにヒクヒクと開けて続ける。

そんな痛々しい光景にさえ、俺は欲情していた。

刺激を与え過ぎないように緩やかに腰を動かして、余韻を長引かせてやる。

「……あぁ……、は…ぁ……」

アスカは恍惚とした表情で虚空を見つめ、揺さぶられるままに何度も中をうねらせて快楽を享受する。

闇雲に身体を重ねて行為に没頭するうちに、俺は錯覚を起こしそうになっていた。

愛とか幸せとか、そういう俺には無縁のものに包まれているような感覚だ。

けれど、ちゃんとわかっている。

それは今この瞬間だけで、そんな幸福感はこの行為が終わってしまえば跡形もなく消えていくことを。

闇の中で浅く呼吸をしながら、俺は自分に言い聞かせる。
醒めることのないこの悪夢は紛うことなき現実で、世界の底なのだと。

そして───今こうして繋がっているこの男も、きっと俺と同じところにいる。

アスカの背中から羽根のように伸びて見えるそれは、がんじがらめに縛り付けられた十字架なのだ。

濡れた背中を抱きしめて、掌でさするようになぞっていく。


アスカの背負う苦しみを、ほんの僅かでも受け止めてやりたい。

それが、痛みを抱える者同士が傷を舐め合うだけの、ほんの一時の慰みに過ぎないとしても。

けれど、アスカに抱くその感情をどう表せばいいのか、俺にはわからなかった。

だから、仕方なくありきたりの言葉を吐き出した。

「アスカ、好きだ」

閉ざされた世界は静かだった。

神の目さえ届かない2人だけの空間に、呼吸音が混ざり合い絡まっていく。

「……好き……」

理性の抜けた身体で本能のままに快楽を貪りながら、うわ言のようにアスカが声を漏らす。

「本当は……、好きなんだ……」

悲痛な言葉が誰に向けて紡がれたものなのか、俺には知る由もない。

「ん……、ふ、ん……っ」

言葉を遮るように口づければ、唇の端から飲み込み切れない唾液が零れて伝い落ちた。

高みに昇ろうとすればするほど、なぜか深く沈んでいく。

アスカとのセックスは、海の底を這うような感覚に陥る。

今にも崩れ落ちそうな身体を両腕で支えて、熱く爛れた奥を抉るように突き上げていけば、俺はアスカの1番深いところへと引き摺り込まれていく。

「───っ、あぁッ、あ、ああ……ッ!」

強く締め付けるその最奥に、身体を這いずるように廻り続けていた熱を迸らせる。

キツくしがみつく両腕から、ずるりと力が抜けた。

とうに限界を超えている身体を支えてベッドにそっと横たえれば、アスカはうっすらと目を開けた。

朦朧とした意識の糸を手繰り寄せるように、その唇から俺の名が零れる。

「カズミ、さん……」

薬が抜けたのだろうか。

顔を覗き込むと、ゆっくりと焦点を合わせてきた。

弱々しく伸ばされる右手を取って包み込むように握り締めれば、アスカは唇を小さく微笑みの形に動かした。

その目尻から、一筋の涙が煌きながら零れて伝い落ちる。

星ひとつ見えない闇の中で、神の申し子のように美しい者は懺悔の言葉を紡ぐ。




「僕は、人を殺したことがあるんだ……」








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