どれぐらいの間、そうしていただろうか。こちらに向かって、真っ直ぐに歩み寄ってくる影に気づく。ガラス扉が音を立てて開いた。見下ろす視線が痛いぐらいに突き刺さるのを感じながら、僕は口を開く。「答えを、出したよ……」言葉が喉に引っ掛かって、声が掠れた。僕のことをずっと捜して、見つけ出してくれて。あんな形で離れたのに、ミツキは僕を待っていた。大切だから、大好きだから。サキを失ったようにミツキを失わないために。僕は諦められる。今ならまだ、傷は浅い。泣き腫らした顔をゆっくりと上げれば、きれいな鳶色の瞳が僕を映し出していた。「──ユウ。これでよかったんだ」ユウが創った全てのシナリオを、僕は辿り終える。何も言わずに、ユウは少しだけ屈み込んだ。差し伸べられたその手を僕はしっかりと取る。引き起こされて、包み込むように抱きしめられる。その胸に顔をうずめてまた涙を流した。シャワーから降り注ぐ熱い湯が床を這って流れていくのを、ただ見つめ続ける。水は姿を変えながらこの世界を流転する。なのに、僕は何ひとつ変わらずに同じところで立ち竦んだままだ。バスルームから出て身体を拭いた後、何も着ずに寝室へと向かう。扉を開ければ、部屋の中は薄暗かった。ベッドの上でダウンライトがひとつ、放射状に光を放つ。ソファに掛けたユウが、こちらを見ていた。その手が持つグラスに入った透明な液体が微かに揺れる。「……お酒?」「水だ」淡い色の瞳がわずかに光を反射していた。ゆっくりと、引き寄せられるようにソファまで歩いていく。ユウの前にひざまずき、僕は懇願する。「僕も欲しい……」ユウがグラスを呷って、僕に覆い被さるように口づけた。冷たい水が流れ込んできて、口の端からこぼれる。そのまま首筋に流れ、胸を濡らして腰から脚まで緩々と伝い落ちていく。水がなくなっても、ユウは僕の口の中を満たすように舌を挿し込んで絡ませる。背中に回された腕に身体を預けて唇を離した。「ユウ、抱いて……あの時みたいに」鳶色の瞳がクリスタルガラスのように煌めいて、僕を捕らえる。二人で寄り添ってベッドまで歩きながら、僕は安堵していた。これできっと大丈夫だ。何もかもを手放せる。「……ああ、んッ、ぁ……っ」薄明かりの中。何度も果てたせいで身体の中を渦巻くようにこもる熱を持て余して、目の前の身体に強くしがみつく。淫らな身体は久しぶりの行為に悦びながら更なる快楽を強く欲していた。奥で生き物のように蠢く指が、僕の一番弱い部分を執拗に擦り上げる。その刺激が堪らなくて声をあげた。「も……挿れて……」急に指を引き抜かれて、喪失感に奥がじくじくと疼く。「あ……ぁっ、はやく……」我慢できずに仰向けになったその身体に跨がって、勃ち上がったそれを後孔にあてがう。そのまま腰を落としていくと、欲しかった刺激は簡単に手に入った。「んっ、ふ、ぁ……ッ、あっ」繋がったところが灼けるように熱い。擦れる度に身体の中を熱が巡って、頭が浮かされる。目を閉じて、ただ強い快感に身を任せて溺れる。下から突き上げるように揺さぶられて、また最果てまで追い込まれていく。気持ちよくて、意識が飛んでしまいそうで。だから。「サキ……」今なら、会えない人に会える。大丈夫だよ、サキ。僕はもう、誰も愛さないから。ずっとここにいる。繋がれ続けたまま、夢を見るよ。「アスカ」僕の名を呼ぶ声。意識しなければ気づかないけれど、そこには確かに甘さが含まれている。「愛してるよ」激しい律動に翻弄されながら、その言葉に僕は何度も頷いて、いつの間にか涙を流していた。「もっと、言って……」僕が夢見ることを赦してくれる、ただ一人の人。「愛してる」目を開けて見下ろすと、サキの瞳が僕をじっと見つめている。僕はすごく幸せで、なのにどうしようもなく哀しくて、自分では処理し切れない感情を快楽でごまかそうとしてしまう。揺さぶられたまま、熱く昂ぶる自分のものに手を伸ばす。ゆっくりと上下に扱いていけば、一瞬で脳内が真っ白になっていく。「あぁ、あ……ッ!」白濁が迸って、二人の身体を少しずつ汚した。爆ぜた余韻を引き摺って荒い呼吸を繰り返しながら、ぐったりとその胸に倒れ込む。でも、まだ──まだ足りない。「ユウ、忘れさせて……忘れたい……」口を開くと、また涙がこぼれた。止まっていた抽送がゆっくりと再開されて、僕はまた快楽に意識を集中させようとする。脳裏に浮かぶのは、ユウと二人で過ごしたあの最初の四日間。あのときと同じ甘い悪夢を、僕たちは繰り返す。サキのことも、ミツキのことも。愛したことも、愛されたことも。何もかもが幻だったと思えばいい。全てを忘れて、僕は無に還る。"Caged Kiss" end - 38 - bookmarkprev next ▼back