「俺、もう行かなきゃ。アスカを待たせてるから」
散々泣いて、だいぶん落ち着いた。泣き過ぎて頭がぼんやりしてるし、我に返るとすごく恥ずかしくなってきた。 本当は雄理と離れたくなかった。でもずっとここにいるわけにはいかない。 雄理は座卓に置いてあったあの封筒の中から、紙切れを一枚取り出して俺に見せてきた。 丁寧な文字で、一行だけ。
『午後六時に迎えに行きます。それまで、素敵な時間を』
思わず部屋の掛時計を見上げた。あと二時間ちょっとある。 俺、もうちょっとここにいてもいいのかな。 俺はアスカの頭に描かれた流れに沿ってここに来てる。そのシナリオの筋書きが、まだ残ってるんだ。 今日一日、俺はアスカの言いなりになる約束だ。だからアスカに従うしかないんだけど──何をすればいいんだろう。 さっきまでの抱きしめられてた余韻がまだ残ってる。思い出すだけで顔が火照ってきた。この状況にまだ実感が湧かない。 もしも全てがうまくいけば、また前みたいに雄理と一緒に過ごせるんだろうか。仲のいい、友達として。
「なあ、雄理。お前、俺のこと嫌いなんじゃなかった?」
恐る恐る見上げてそう切り出せば、雄理がすごく怖い顔をしてるからビビってちょっと後ずさる。
「嫌ってたわけじゃないが、避けてたのは違いない。そもそも、お前があんなことを言うからだ」
「……何が?」
「こっちに出てくる前に、お前が男に告白されたとかで俺に相談に来たことがあっただろ。あれは正直キツかった」
──え? 何言ってんだよ。
意味がわからなくて、あの辛かった記憶の糸を必死に手繰り寄せる。えっと、俺、確か。
『……もし、男から好きだって言われたら、どう思う?』
そうだ。俺は確か雄理にそんな訊き方をした。
「……ええ?」
何回目かの疑問符を飛ばして、血の気が引いていく。
「もしかしてお前、俺が男から好きとか言われて相談しに行ったとでも思ってた?」
「違うのか」
「違うに決まってるだろ!」
どんな勘違いだよ。思わず声が大きくなる。
「俺あの時、お前に好きだって言いたくて……!」
豪速球で本心が出た。ずっと言えなかった言葉が簡単に口からこぼれて、俺は呆然と目を見開く。
「……そうか」
雄理も明らかに狼狽えた顔をしてる。いなくなってしまいたいぐらい恥ずかしいのに、身体が固まって動けない。 時間が止まったみたいに見つめ合ってると、雄理の顔がちょっとずつ赤くなっていくのがわかった。
「ご、ごめん……今の、忘れて」
「無理を言うな」
とりあえずなかったことにしようとしたけど、どうにも難しそうだった。気まずい沈黙が続いた後、雄理は意を決したように座り直して、居住まいを正した。それに釣られて、俺も正座してしまう。 雄理が俺を真っ直ぐに見つめながら口を開いた。
「お前のことが、ずっと気になってた」
低く優しい声が、ひとつひとつの言葉を真摯に紡いでいく。
「この気持ちが何なのか、自覚するのが恐かった。誰かと付き合えばそんな感情は消えていくと思ってたのに、無理だった。そうすると今度はお前といるのが恐くなった。傍にいれば嫌でも自分の中にある感情を自覚してしまうし、そんな状態で一緒にいればお前のことを傷つけると思った。そうこうしているうちに、だんだんお前に避けられてることに気づいて、俺もお前から離れる決意をした」
心臓が跳びはねるように早鐘を打ってる。 雄理の射抜くような眼差しが、俺はいつも恐かった。必死に隠してるこの気持ちを、容易く見透かされてしまいそうな気がして。
「陽向。お前が好きだ」
信じられない言葉を、夢心地で聞いてる。恥ずかしそうな顔で俺をじっと見つめる雄理がすごく愛おしいと思った。 少し空いた距離を縮めるために、両腕を伸ばす。
「俺もだよ」
恐る恐る抱きつくと、背中に腕を回されて強く抱き返される。
「俺も雄理のこと、ずっと好きだった」
密着した身体から体温が伝わってきて、また涙腺が緩む。
「好き過ぎて、すごくつらかった」
顔を上げると、雄理が熱っぽい瞳で俺を見下ろしてた。 ゆっくりと顔を近づける。初めて交わすキスは、少しずつ探り合うように。触れた瞬間唇が甘く痺れて、慌てて離してしまう。 なんだかおかしくて、額をくっつけたまま笑い合う。そんな顔の雄理もすごくよくて、見惚れれば目が合ってもう一度唇を重ねた。 口を少し開けて、挿し込まれた舌が絡まり合う。このまま融けてしまいそうだ。舌先が口の中を這う感覚が気持ちよくて、キスの合間に吐息が漏れる。 下肢がどうしようもなく熱を持ってる。無意識に身体が仰け反って、後頭部を大きな手で支えてくれた。 唇を離せば、今度は首筋に唇が押しあてられる。なぞるように少しずつ降りてくるキスは、触れる肌にどんどん熱を植えつけていく。それだけで、もう呼吸が乱れ始める。
「雄理、待って……っ」
大きな身体を押し退けようと胸に手をあてると、鎖骨を辿る唇が離れた。雄理が俺の瞳を覗き込む。情欲に濡れた眼差しに、ゾクゾクと背筋が震える。 でも、俺は罪悪感を抱いてる。雄理とするのが怖かった。だって、俺はすごく汚れてるから。
「あのさ。俺、きれいな身体じゃない……」
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