the 4th day[7/14]

「俺はもうお前と関わらないでいようと思ってたし、気にしないようにしてた。でも、ある日突然携帯に電話が掛かってきた。綾乃ちゃんからだ」

「綾乃から?」

安否のわからない妹の名前を聞いた途端、怖いとかそんな気持ちが一気に吹き飛んで、つい身を乗り出した。

「無事なのか。どこにいる?」

「居場所はわからない。俺に迷惑を掛けられないから、公衆電話から掛けてると言ってた。事情があって親御さんと一緒に実家を離れてるけど、お前とずっと連絡が取れないと。だから俺を頼って連絡してきたんだろう。それから月に一、二度、綾乃ちゃんからお前のことを尋ねる電話がある。最後の電話は一週間前だ」

綾乃も、父さんも母さんも。ちゃんと無事でいるんだ。

「よかった……」

ホッとして、涙腺が緩みそうになる。そんな俺を、雄理はじっと見つめながら言葉を続けた。

「気になって、お前と連絡を取ろうとした。携帯は繋がらないし、同じ学部の奴に訊いても授業に出てないと言う。それが三週間前、他の大学に出稽古に行った帰り道に、お前を見掛けた」

ドキリと心臓が高鳴った。それはきっと、絶対に見られたくない光景だったはずだから。

「お前が車から降りて一人で歩いてたから声を掛けようとしたら、ふらりとホテルに入って行った。誰も一緒にいないのは変だと思った。車に残ってる運転席の男に声を掛けると、そいつは俺がお前のことを気に入ったと思い込んだらしい。店の名刺を寄越した」

俺は俯いて唇を噛み締める。大きな鼓動を立てる胸が苦しい。
お前にだけは、知られたくなかったんだ。

「どうしてそんなことをしてるのかが知りたかった。でも俺が直接会いに行けば、お前が拒絶するのはわかってた。だから、代わりに人を雇ったんだ」

──アスカ。

そこまで聞いて初めて、アスカが俺に近づいた目的を知る。

「契約を交わして、アスカは俺に約束した。四日後にお前を必ずここへ連れてくると」

『お金のためにこの仕事をしてるわけじゃないんだ』

『そんなに時間がないんだ』

アスカの言葉が、耳元で蘇る。妙な発言のひとつひとつが、ストンと腑に落ちた。
騙された気分だった。俺が何をしてきたか、雄理に知られたことが恥ずかしくて情けなかった。いろんな感情が入り混じって、胸の内から溢れ出す。

「……それで?」

顔を上げて、俺は雄理を見た。視界が滲んで輪郭がぼやける。

「そうだよ。俺は男相手に風俗で働いてる。それがわかって満足かよ。軽蔑すればいい。俺だって、好きでこんなことしてきたわけじゃない。こうするしかなかったんだ」

涙がこぼれ落ちる。みっともないと思った。一刻も早くここから逃げ出したくて、立ち上がろうと膝を突いた途端、手首を掴まれる。

「おい、落ち着け」

すごい力で引っ張られて、胸の中に抱きすくめられる。痛いぐらいに、強く。
頭の中が真っ白で、全身が心臓になったみたいにドクドクと脈打ってる。

「悪かった」

雄理の声が耳元で響く。なんでお前が謝るんだよ。そう言いたいのに、胸がいっぱいで声が出ない。

「事情はアスカから聞いてる。つまらない意地なんて張らずに、俺がお前の傍にいればよかった。そうすれば守ってやれたんだ」

少しだけ腕の力が緩んで、雄理が俺の顔を覗き込む。そんな優しい顔をするのは反則だ。もう一人で立てなくなる。

「助けてやれなくて、悪かった」

溢れる涙を恐る恐る拭ってくれる大きな手。至近距離で煌めくきれいな瞳は高校生の頃と全然変わらないまま、真っ直ぐに俺を見つめる。その唇から、魔法みたいに優しい言葉がこぼれた。

「つらかったな。もう大丈夫だから。あんなところに戻るな」

「無理だ……だって」

俺が逃げたら、家族が危ないんだ。
泣いてるから言葉がちゃんと出ない。雄理は俺の頬を両手で挟み込んだ。小さな子どもにするみたいに。

「ちゃんといい方法を考えよう。お前一人で抱え込むな。いいか」

覗き込むように、俺の目を見て言う。

「今度は俺が守ってやるよ──陽向」

ひなた。
その唇が奏でるのは、俺の本当の名前。
忘れようとした。忘れられると思った。
なのに、虚しい毎日を過ごしながら、籠の中で何度お前の夢を見たかわからない。

「……俺、お前に名前呼ばれるの、好きだ」

言葉に詰まりながらそう言うと、またきつく抱きしめられる。その背中に縋るように腕を回して、俺は泣きじゃくり続けた。








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