the 3rd day[4/7]

いつものホテルのジュニアスウィート。
シックな色調のインテリアに囲まれた上質なこの空間が好きだ。俺には似つかわしくないこの場所でなら、夢を見ても許される気がするから。
神崎さんは、笑顔で軽く抱擁してくれてから、いつものように百二十分のコース料金と指名料を封筒に入れて渡してくれた。でも、その手からは微かな緊張感が伝わってくる。
プレイに入る前に、俺は神崎さんに促されて黒い革張りのカウチソファに腰掛けた。

「今日は、折り入って話があるんだ」

その真剣な眼差しをちゃんと受け止めきれなくて、目を逸らしてしまう。やっぱり予感は当たった。

──今日で最後なのかもしれない。

思い切って視線を上げれば、神崎さんの整った顔が見えた。俺の大好きな顔だ。
ふと涙が出そうになって慌てて俯くと、神崎さんは大きな手で俺の頬に優しく触れた。一呼吸置いてから、そっと口を開く。

「ヒナ。俺のところに来ないか」

想像もしてなかった言葉に耳を疑う。

「え……?」

「ヒナのことが大好きだから、傍にいてほしいんだ」

びっくりして言葉が出ない。息をするのを忘れてることに気づいて、慌てて何度も深呼吸した。

「ヒナ、目がこぼれ落ちそうだよ」

苦笑する神崎さんの顔は、本当に優しい。だって、嘘みたいだ。

「……でも俺、借金が」

「それは、俺がお店の人と話をするよ。そのぐらいなら何とかなるから。住むところも用意する。だから、俺のところにおいで」

「そんな……神崎さんに払ってもらうわけにはいかないよ」

神崎さんが魔法みたいに言葉を紡いでいく。突然過ぎて頭が混乱して、もう胸がいっぱいだ。

「ヒナが引け目を感じるなら、貸してあげるよ。無期限無利息だ」

神崎さんはそう言って、俺の頭を撫でる。掌の感触が心地いい。

「……でも」

俺はものすごく戸惑ってた。神崎さんのところに行けば、絶対に抜け出せないと思ってたこの籠から出られる。それは本当に夢みたいな話だ。

──でも、神崎さんには家族がいる。

俺の顔を見て、神崎さんは言いたいことに気づいたらしかった。

「ヒナ、俺には妻と子どもがいる。でも、ヒナのことが本当に大好きなんだ。家族を捨てることはできないけど、ヒナを俺だけのものにしたい。ずるいと思うかもしれないけど、それが本心だ」

俺はそのきれいな瞳を見つめながら、ゆっくりと頷く。
別に一番じゃなくてもいい。こんないい話は、もう二度とない。こんないい人も、もう二度と現れない。

「神崎さん、ほんとにありがとう」

間近で見つめ合ってると、勝手に涙が出てきた。

「でも突然で、すごく頭が混乱してるんだ。落ち着いて考えて、ちゃんと返事したい。ダメ?」

「わかったよ、ヒナ」

俺の贅沢な我儘を、神崎さんは聞き入れてくれた。
親指で涙を拭われて、顔がゆっくりと近づいてきた。唇が重なる。縋りつくように神崎さんの首に両腕を回した。目を閉じようとしたけど、やっぱりその顔が大好きだから、ちゃんと見ていたかった。
口を開いて挿し込まれる舌を、味わうように吸って絡ませる。
これが、今日最後の仕事。身体はもう疲れてる。なのに、どうしようもなく欲しくて堪らない。
背中を支えるように腕が回されて、その感触にも感じてしまって思わず吐息をこぼすと、神崎さんは俺の舌を吸って口の中に引き摺り込んだ。舌先をくすぐられて、気持ちよくて声が漏れる。

「……ん、ん……っ」

「ヒナ、勃ってる」

「あ……ッ」

ズボンの上から右手で押さえられて、勝手に腰が揺れてしまう。

「苦しそうだね。出してあげるよ」

チュッチュと軽いキスを繰り返しながらベルトを外されて、上から手を差し込まれた。身体がどんどん熱くなっていく。

「神崎さん、シャワー……」

熱く昂ぶるものを直に握る手の感触に喘ぎながらそう言うと、神崎さんは首を振った。

「このままのヒナを、味わいたいんだ」

耳元でそう囁かれて、体温がもっと上がっていく。きれいな微笑みを見てるだけでまた泣きそうになる。その顔に、俺は大好きだったあいつの面影を重ねてる。
もしこの人と一緒にいることを選べば、この先もずっと思い出してしまうだろう。あいつのことを懐かしんで、浄化し切れない気持ちを抱いたまま、この人とセックスするんだろう。
それでも、叶わない想いを無理に押さえつけて忘れようとしながらこんな生活を続けることと比べれば、この人といることはきっとすごく幸せなことだ。

「ベッドに行こうか」

神崎さんが立ち上がって、俺に手を出してくれる。
この籠から俺を外へ出そうと差し伸べられた手。戸惑いながら、右手を伸ばしてその手をしっかりと握った。
二人で服を脱がし合って、ベッドに滑り込む。神崎さんの半身も、もうガチガチに勃ってる。それが嬉しくて、そこを握り締めながらそっと上下に扱けば、微かな吐息が髪に触れた。

「神崎さん……」

ゆっくりと手を動かしながら、首筋に口づける。唇で鎖骨をなぞって、胸を辿って、下半身に向かって降りていく。そうしてるうちに、手の中のものがどんどん熱を帯びてくる。
口を開けて先端のくびれまで含んで、舌先でそこを少し弄ってから一気に奥まで咥えれば、神崎さんが小さく呻いた。そのまま舌を絡めて吸いながら、上下に動かしていく。
他の客にするときは数をかぞえながら頭を空っぽにしてるのに、神崎さんのときだけは違う。気持ちよくなってもらいたくて、ただひたすら口と舌を使って奉仕する。

「ヒナ、気持ちいいよ」

神崎さんが愛おしそうに頭を撫でてくれる。熱い昂ぶりを咥えたまま見上げると、情欲を浮かべたきれいな顔がそこにあった。なぜか胸に痛みが走る。
フェラを続けてるうちに、神崎さんの呼吸がどんどん荒くなってきた。
根元を手で扱きながら、喉の奥まで咥えて吸い上げるように舌で刺激すると、神崎さんのものが口の中でぶるりと震えた。
口内に断続的に吐き出される熱い精を、残さず受け止める。出し尽くされたところで口から引き抜いて、ティッシュに吐き出した。
イってくれたことはもちろん嬉しいけど、安堵の気持ちの方が大きい。それはやっぱり、お金をもらっているからだ。
顔を上げると、優しく抱き寄せられて心臓が高鳴った。

「ありがとう。ヒナも気持ちよくしてあげる」

その言葉に、期待で身体の芯が甘く疼きだす。

「どうしてほしい?」

耳元で響く熱を帯びた囁きに、頬が火照っていく。



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