一応気を遣ってるつもりなのか、いつもよりも抑えた喘ぎ声が却って悩ましい。一層敏感になった中を擦るように抽送を繰り返して快感を追いかける。座面の硬く冷たい感触とは裏腹に、俺を包み込む七瀬は柔らかくて優しい。しがみついてくる身体を抱き返すと合わさる肌と肌が七瀬の放ったものでぬるりと滑った。
「カイくん、好き、好き……」
濡れた前髪の隙間から投げかけられる眼差しが不安げに絡みついてくる。泣きそうな声で何度も好きだと訴えてくる七瀬は健気でひたむきだと思う。 わかってるって。そう言い返せないのは、わかったその先で自分が取るべき行動を、未だ思いあぐねているからだ。
「あ、気持ちいい……っ、カイくん、まだ……?」
擦れる内壁がまとわりつきながら絞り上げるように締めつけてくる。七瀬と同じように、俺ももう限界が近い。
「や……、あぁッ」
ふと動きを止めれば繋がる部分から聞こえる水音がぴたりと消える。目尻に涙を浮かべた七瀬が、ゆらゆらと揺れる瞳で俺を見下ろしてくる。その顔が、ムカつくほどにかわいい。
「あ、も、イきた……っ」
快楽を求めてじりじりと動く腰に腕を回して押さえつけると、苦しげな呼吸を繰り返しながら腕の中で小さく身じろぐ。 悪い、七瀬。
「5秒だけ、じっとしてろ」
奥まで繋がったまま、熱い身体を強く抱き寄せる。つんと鼻に届くのは、嗅ぎ慣れた体臭に混じる微かな塩素のにおい。 声には出さず耳元でそっと唇を動かす。吐息だけで刻み込むのは、七瀬にはとても聞かせられない言葉。
「………カイくん?」
言われたとおりに大人しくして、それでも怪訝な声を出す七瀬を抱きしめながら止めていた抽送を再開する。途端に上擦った悲鳴をあげて、七瀬は俺にしがみつき揺さぶられるままに腰を振ってそれに応えようとしてくる。 細い身体にはきちんと男子高校生なりの筋肉がついていて、しかも艶めかしい。
こんな格好で人前に出るな。水泳の授業なんて、お前はずっと見学しておけ。それが素直に言えればどれだけいいか。
「あ、ダメ、も……ッ、イく……!」
上擦った声と共にドクドクと七瀬の中が収縮を始める。縋りつく身体を抱き返しながら、俺はその最奥に溜め込んでいた熱を幾度にも分けて吐き出した。 荒い呼吸に合わせて動く背中を宥めるように撫で下ろしながら、鼓動を落ち着かせるために深く息をつく。暑さと気怠さで頭がぼんやりしていた。
「カイくん、気持ちよかった……?」
「……見ればわかるだろ」
「へへ」
幸せそうな顔で俯いてから、手を後ろに回して繋がった部分を愛おしそうに指先でひと撫でする。根元に触れるぬるりとした感触に背筋が震えて、思わず吐息が漏れた。 こうやって躊躇いもなく気持ちをぶつけてくる七瀬に、しがみついて甘えてるのは俺の方だ。
「カイくんとエッチするの、好き……」
独り言のようにそう呟いて、七瀬はふわりと微笑む。満足げな表情が愛くるしくて、まだ小さく蠢いている中に包まれた半身がどくりと脈打つ。
駄目だ、色々ともたない。
「……七瀬、お前」
こんな状況で俺の口をついて出るのは、実にどうでもいい台詞だった。
「もうちょっと性欲を抑えられるようになれ」
自制心を抑えられないことさえ七瀬のせいにしてしまう俺は、全くもって酷い人間だと思う。
いつもの口調で「そんなの、無理に決まってるよねっ」ぐらいは言うかと思ったのに、そうではなかった。七瀬は俺を窺うようにじっと見つめたままやがてこくりと頷く。
「……うん、わかった」
やけに素直な返事だった。いつになく殊勝な態度が多少気にはなったが、それには構わずにまだヒクヒクと動く七瀬の中から半身をずるりと引き抜く。小さく喘ぎ声をこぼす唇は濡れて艶かしく光っていた。 ああ、このまま隣のシャワー室に直行だな。
「立てるか」
「ん、平気」
立ち上がって手を差し出せば、煌めく瞳でうっとりと俺を見つめてくる。
「やっぱりカイくんはツンデレだと思う。ツンの間に絶妙に挟み込まれるデレに興奮する……!」
「アホ」
つい引っ込めようとした手をがっちりと掴み取って、その場に立ち上がった七瀬は素早く水着を履いた。
「ほら、これでカイくんの精液が出てきても大丈夫っ」
「得意げに言うな、アホ」
いくら顔がかわいくても、やっぱり中身はただの変態だ。呆れながら背を向けて更衣室を出ようとすると、後ろからふと真剣な声が聞こえてきた。
「俺、カイくんに好きになってもらえるように頑張るね」
どんな顔でこんなことを言っているんだろう。確かめるのが怖くて、俺は扉に顔を向けたまま足を止める。
「………それ以上頑張るなって」
俺が我慢できなくなるから。その言葉はやっぱり口にできずに呑み込む。
「ああん、カイくんの意地悪っ」
いつもの調子で後ろから絡みついてくる腕を振り解きながら、俺はようやく振り返って七瀬の顔を見る。 クリクリとした瞳はいつも俺しか見ていない。 引き戸に手を掛ければトン、と床を蹴る音がして飛びついてきた七瀬を慌てて片腕で抱きとめる。
「でも、大好き!」
ふにゃりと押しつけられる唇は、俺と同じ体温だった。
「 ──── はいはい」
磨りガラスの外には幸いなことに人の気配がない。 さっき七瀬の耳元で囁いた言葉が聞こえていなかったことに安堵しながら、俺はゆっくりと扉を開けた。
"Love You, Too" end
2015.2.22
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