ピンポン、とインターフォンが鳴る音にリビングのモニターを確認すれば、アップで映るのは俺のよく知るストーカーの顔だった。
休みの日にまで一体何だよ。いや、何って目的はもう大体わかってるんだが。
小さく溜息をついて、俺は通話ボタンに伸ばし掛けた手を引っ込めた。応答せずにいると、ピンポン、ピンポンと立て続けに何度も鳴らされる。 うるさい。舌打ちしながら、俺は決意を固める。今日こそは、絶対に開けないからな。 居留守を決め込もうと息を潜めて忍び足でリビングのソファに向かう俺に追い討ちを掛けるように、背後から聴き慣れたあの能天気な声が耳に届いた。
『カイくん、カーイくん! いるんでしょ?』
いないよ。早く帰れ。
心の中で返事をしながら無視を貫こうとする俺を、その声の主が許すはずもなかった。
『俺知ってるよ。カイくん、今1人なんだよね? 午前10時20分にカイくんのご両親が2人で出掛けて、午後1時におねえさんがお洒落な格好で出て行ったの見てたもん。もしかしてデートかなあ。俺もカイくんとデートしてみたいな。えへへ』
げんなりしながら俺はモニターを振り返る。そこに映るのは、おかしな性格にまるで似つかわしくない正統派美少年の微笑みだ。 言いたいことをまくし立てたそいつは一旦口を閉ざして、頬を染めながらおもむろに唇を開いた。
「ねえ。カイくん……中に入れて?」
あたかも卑猥な言葉を言い切ったかのように誇らしげな顔を見せつけられて、俺はとうとうプツリとモニターの表示を切り、足早に玄関へと向かった。 勢いに任せて扉を開ければ、そこに立っているのは満面の笑みを浮かべたクラスメイト。
「わあ、やっと会えたね! 1日振り!」
「おい。近所迷惑だし、何より俺が迷惑なんだけど」
「ふふ。カイくんってツンデレだよね」
「帰れ、変態」
冷たくあしらったつもりなのに、堪えるどころか「カイくんに褒められちゃった」と恥ずかしそうな顔をしている。ああ、こいつにダメージを与えるにはどうすればいいんだ。 それにしても、一体何時間この家を見張ってたんだろう。その気力と体力は別のところに使うべきだと心から思う。
「ね、カイくん。今日は折り入ってお願いがあるんだけど」
こいつの折り入っての頼みなんて嫌な予感しかしないが、こんなところを近所の人には見られたくはない。だから俺は、渋々家に上げてやる。
「ほら、とりあえず入れよ」
「うん、やったね!」
俺の学校公認ストーカー七瀬は、玄関扉を閉めた途端、無駄にかわいい笑顔を浮かべて一目散に飛びついてきた。
「カイくん、大好き!」
学校が休みの日ぐらい、穏やかに過ごさせてくれ。 その細い身体をそっと振り解きながら、俺はもう一度深い溜息をついた。
*****
「カイくん、あのね」
七瀬が神妙な面持ちで上目遣いに俺を見つめる。普通にしていればその辺の女の子なんて目じゃないぐらいかわいい顔をしているのに、残念ながら俺には全くそうは見えない。中身が完全に変態だとわかっているからだ。
渋々部屋に通したものの、これが危機的な状況だということは自分なりに理解していた。 なんせ、今この家には誰もいないんだ。同じ手で同じ状況に持ち込まれた挙句、なし崩しに関係を結んでしまった苦い過去を振り返りながら、俺は七瀬と距離を置いて座り直す。
「えっと、俺、今日誕生日なんだよね」
「それで?」
ますます嫌な予感が強まっていく。七瀬は潤んだ瞳を俺に向けながら、思い切ったように口を開いた。
「だから、カイくんのおちんちんを食べさせてください」
「………悪い、意味がわかんないんだけど」
「あれ? じゃあ、言い方変えるねっ」
いや、変えなくていいから。けれど七瀬はみるみる頬を染めて、たどたどしく言葉を紡ぎ出そうとする。
「カイくんの、ペ、ペニ……ッ、ああっ! やっぱり言えない! 恥ずかしい」
そこ? そこなのか? 謎の羞恥ポイントに呆れる俺をうるうるとした眼差しで見つめながら、七瀬はここぞとばかりに縋りついてきた。
「だって俺、誕生日なんだよ? ムラムラしちゃったんだもん! ねえ、カイくんお願い。ちょこっと食べるだけだから」
いやお前、誕生日なんて関係なしに年中発情してるよな?
「ちょこっとって、言ったな」
「ん、約束!」
今にも涎を垂らさんばかりに欲情し切った顔で守る気のない約束を口にする七瀬に、結局俺は押し切られてしまう。
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