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「じゃあ、俺と付き合わない?」


─── 何だって?


呆気に取られて隣に座る人の顔をまじまじと見つめれば、今しがた信じ難い台詞をこぼした唇が微笑みの形を作っていた。


「そんなに見られると、恥ずかしいんだけど」


恥ずかしいのは俺の方だ。何て答えればいいかわからなくて、とりあえずわかり切った事実を突きつける。


「俺、男ですよ」


「うん。かわいい顔してるなと思うけど、まあ女の子には見えないね」


「そうじゃなくて」


混乱した思考を解そうと小さく溜息をついてみるけど、そうしたところでこの窮地を切り抜ける糸口は見つからない。


「巽さん。変な冗談はやめてください」


腰を浮かせて少し距離を空ける。なんで男2人で個室のカップルシートなのかもわからない。

窓ガラスの向こうに広がるのは、極上の夜景。闇の底に鮮やかに煌めくイルミネーションは溜息が出るほど美しくて、この人にここへ連れて来られた女の子は、きっと誰しも目を輝かせて喜ぶだろうと思う。

目の前では淡いグリーンのカクテルが細やかな気泡を立てている。一気呑みしたい気分だけど、そうしたところで状況は変わらない。

尊敬する3つ上の先輩。俺と同じ広報部の広報グループでマスメディア対応を担う巽さんは、仕事ができて、優しくて、人望も厚くて、しかもイケメンだ。これで28歳独身なんだから、女の子も選り取り見取りだろう。実際、不特定多数の女性社員との噂は絶えない。本当のところがどうなのかは、知らないけど。


「だってさ、りっちゃん」


からかうような口調。巽さんは会社では俺のことをちゃんと"秋本"と呼んでいて、時々呑みに連れてきてくれるときだけこう呼ぶ。下の名前が律生(りつき)だから"りっちゃん"なんて子どもみたいだけど、この人に呼ばれると不思議と嫌じゃない。

それでも、今のこの空気はなんていうかもう、居た堪れない。


「俺のこと好きって、言ったよね?」


確かに言った。でもそれはそういう好きじゃなくて。


「尊敬してるし、憧れてます。そういう意味で、言いました」


「へえ」


感心したようにそう言って、こっちに顔を向けてくる。視線が痛い。

俺、なんで焦ってんの? からかわれてるのを本気にするなんて、かっこ悪い。適当にあしらえばいいじゃん。


「りっちゃん」


耳元で甘い声。いつの間にか腰に回された腕が、俺をしっかりと引き寄せる。


「え、ちょっ」


巽さん、酔ってるでしょ? そう言いかけた口を噤んだ。

この人は酔ってなんかない。呑みに行こうと誘ってくれたのは巽さんなのに、1軒目の居酒屋ではなぜか全くアルコールを注文しなかった。2軒目になるこのダイニングバーでも然りで、巽さんが半分ほど口を付けた一見モスコミュールのように見えるカクテルは、実はノンアルコールのサラトガ・クーラーだ。


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