the 1st day[2/2]

俺は、化粧品会社に勤めている。
入社して5年目で、今担当してるのはデパート営業。やってることはなかなか地味だし大変なことも多いけど、やり甲斐は結構感じてる。何よりきれいな女の子たちと接する機会が多い。俺の天職かもしれない。

「よう、イケメン。まだ生きてんの」

爽やかな朝のオフィスで同僚の高城が話しかけてくる。
高城は、俺が早死にすると思っている。女癖が悪い男はろくな死に方をしないのだという。来るもの拒まないだけなんだけどな。それが駄目らしい。

「佐倉、なんか今日機嫌よくないか?」

「そうかなあ。ま、そうかもな」

家に帰っても一人じゃないと思うだけで、気分が上がっているのは確かだった。

「何、昨日まで超落ちてなかった? 同棲してた彼女、帰ってきたのかよ」

それを言うなよ。超落ち込むから。
何と言えばいいのか考えたが、うまい言い方が出てこなかった。

「……ペットに慰めてもらってるんだ」






なんか、高城にすごく同情されたんですけど……。

「おかえりなさい」

複雑な気分で仕事を終えて帰宅すると、アスカが晩ごはんを作って待っていた。
鶏の唐揚げに、付け合わせのキャベツ、豆腐とワカメの味噌汁、五目ひじき、卵焼き。20歳男子のチョイスとは思えないような家庭料理だった。

「いただきます」

アスカが手を合わせる。育ちがいいのかもしれない。
黙々と、向かい合って食べる。何か言った方がいいのか?

「おいしいよ、アスカ」

アスカは嬉しそうに微笑む。ああ、すごくかわいい、かも。いや、どれだけかわいくても、男なんだけどな。

「買い物代、あとで請求するね」

そこは別料金なのか……。
食べ終わって後片付けをするアスカの横で、俺は買い置きのビールやつまみを準備する。
よく見ると、水周りがピカピカしている。どうやら掃除してくれたみたいだ。

「洗濯物、畳んだのそこに置いてるよ」

溜まっていた洗濯物も、きれいに片付いている。美希が帰ってきたみたいだ。
皿洗いを終えたアスカを俺は誘う。

「アスカ、一緒に飲もう」





俺が仕事に行っている間に美希が出て行ったのは、2週間前だ。

突然だった。理由もわからない。携帯電話も解約しているときた。誰かに尋ねることもできなかった。俺は、美希の友達を一人も知らない。
何度か女友達に紹介したいと言われていたが、俺はずっと断ってきていた。理由? 美希の友達と仲良くなって浮気することを避けたかったからだよ。さすがにそれは、マズイだろ。
美希がいなくなったことで、みっともないけどものすごく動転したし、びっくりするぐらい落ち込んだ。

付き合うと同時に2年間同棲して、なんだかんだありつつも結婚するのは美希だって決めてた。
俺は確かに浮気ばっかりしてたし、正直美希を大切にしてたかと問われると、頷くことはできない。でも、美希は俺のことを何でも許してくれたし、ありのままの俺を受け入れてくれていた。少なくとも、俺はそう感じていた。
俺も26歳だった。遊びはそろそろやめて、身を固めよう。遊び相手も整理しよう。そんなことを思っていた矢先に、美希は何も言わずに出て行ってしまった。

一人でいることに耐えられない俺は、まずは女に慰めてもらおうと、遊び相手に順に連絡していった。中には「私が結婚してあげる」なんて健気な女もいた。美希のことは忘れてしまおうと、かわいい女たちとのセックスに没頭しようとした。
なのに、勃たない。今まで散々浮気してきたのに、どの女を前にしても、俺の分身は撃沈だった。
神様は俺にどれだけ試練を与えるんだ。セックスできないなんて、女の前で死んでも言えない。俺は女と会うのをやめた。
仕方なく男友だちを掴まえては飲んだくれる。でも、全くもって気持ちは晴れない。諦められない。我ながら女々しくて、情けなかった。




俺の話を、アスカは時折相槌を打ちながら聞いている。

「俺さ、一人になるのが駄目なんだ。俺、孤独恐怖症なんだと思う。一人になるのが怖いから、美希と付き合うまでは二股三股が当たり前で。彼女が二人いたら、一人と別れてももう一人は残るから、淋しさは半減するからさ。美希と付き合ってからは、彼女は美希だけ。でも、浮気はいっぱいしてた。俺、一人だけってどうしても無理なんだ。怖くて淋しくて不安になる。サイテーな男だって思うだろ」

喋りながら、自分でも俺ってサイテーかもと思っちゃってるしな。

「思わないよ。気持ち、わかる。僕も一人でいるのが無理だから」

そう言って、アスカは缶ビールを片手にぼんやりと遠くを見る。
アスカは不思議な空気を纏う。ほっとけないような、不安定なオーラを出していて、それがまた途轍もない吸引力を持つ。

「美希さんって、素敵な人なんだね」

「そうだな……。顔はさ、かわいいけど美人てタイプじゃないんだ。ほとんど化粧もしないし。今まで付き合ってきたタイプとは全然違って、垢抜けないし。でも、俺のことすごく好きなんだろうなって思ってたよ。浮気がバレても何も言わないし。遅く帰っても何も訊いてこないし」

こうして話してると、やっぱり俺はひどい男だったなと改めて思い知らされる。

「俺、美希の初めての男だったんだって。それがすごく嬉しかったし、だから美希は絶対俺から離れることはない気がしてた」

「男ってヴァージンが好きだからね……」

お前も男だからわかるだろ、と思いながらアスカを見ると、びっくりするぐらい色っぽい瞳で俺を見つめていて、引いた。

「なに、お前もしかして飲めないんじゃないの?」

「あんまり強くないんだ。なんか眠たくなってきた……」

目がトロンとしている。缶ビール一本で酔っ払うんなら、最初から飲むなよ。

「弱いのに付き合う必要ないよ、バカだな」

倒れそうになるアスカを慌てて抱きとめる。あれ? なんかいい匂いがする。

「おい、アスカ?」

もう、寝てるし。
仕方なく抱き上げてベッドに運ぶ。軽い。ちゃんと食ってんのかな。いや、なんで俺ちょっとドキドキしてんの?
動揺しながらアスカをベッドに寝かせる。ほんのり赤く色づいた胸元からは、殺人的なフェロモンが漂う。
ああ、この辺からいい匂いがしてるんだ……。駄目だ、俺も相当酔いが回ってる。

――その夜、俺はソファで寝た。






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