the 1st day[1/2]

「ユウに今日からだと聞いてて」

俺はなぜか、自分の部屋で初対面の男と向かい合って座っている。何、この状況。誰か説明してくれ。

「ユウ?」

「さっきまで会ってたよね。PLASTIC HEAVENのマスター」

あいつめ。忌々しく思いながら、俺は酔った頭を無理矢理働かせようとする。ええと、つまり。俺の目の前にいる、こいつが。
俺が5万円払って雇った、アスカ(男)。

「マジかよ……」

ガックリきた。ただでさえ落ち込んでるのに、何だこの仕打ち。

「ユウは顔はいいんだけど、ちょっと人が悪いところがあって」

恐らく、同じ経験を何度もしているのだろう。 アスカはうなだれる俺を慰めるように言う。
俺を覗き込む、恐ろしくきれいな顔。でも、こいつは紛れもなく男だ。こんな真夜中に、俺は男と部屋で二人きり。
今日から派遣するという契約だったものの、言われてみれば確かに具体的な時間の話はしなかった。けど、日付けが変わると同時だなんて思うか? あのマスター、マジで頭がイカれてる。

俺は目の前のアスカを見つめる。
アスカの容姿は、完璧だった。人目を引く美しい顔立ち。顔の各パーツの整いっぷりとそのバランスの絶妙さが半端ない。俺が人間の顔を作る神様なら、パズル大成功! と達成感に浸るだろう。
睫毛も長い。背は俺より低いが手足が長い。普通の女なら一緒に並んで歩くのも躊躇しそうなぐらい確実にきれいで、だが断じて女っぽくはない。
マスターは20歳だと言っていたが、アスカにはその辺りの年代ならではの浮き足立った雰囲気がない。世の中を達観しているような、独特の落ち着きがある。

少年が大人へと成長する過程の最中にいるアスカは、その危うささえ完全に自分の魅力としていた。妙な色気が漂う。俺が女だったらヤバイ。ゲイでもヤバイ。どちらでもなくて幸いだった。
アスカには、なぜか妙に淋しそうな雰囲気が漂う。もしかしたら、構わずに放っておいたら死んでしまうんじゃないかというぐらい強烈なレベルだ。
色気と淋しげな雰囲気の相乗効果で濃厚なフェロモンを放っていて、うっかり引き込まれそうになる俺がいる。駄目だ、かなり酔いが回ってる。

「性別を確認しなかった俺が悪いよ。4日間、よろしくな」

そういうところは潔い俺。女に対しては、全然潔くないんだけどさ。

「俺、最近失恋したんだよ。二週間前に同棲してた彼女が出て行っちゃって。今1人でいるの、キツイんだ。一緒にいてくんない?」

アスカはにこやかに微笑む。 クラクラするぐらいきれいな顔で。

「もちろん。何でもするよ」

美希に出て行かれて、淋しくて毎日誰かと飲んだくれて、でも昨夜は付き合ってくれる相手がいなくて、仕方なく一人侘しく飲んでいた。そんな経緯がありきで、今のこの状況だった。

「名前、何て言うの?」

それが唯一の荷物である小さなボストンバッグから着替えや歯ブラシを取り出しながら、アスカが俺の名を訊く。

「佐倉、春樹」

「ハルキさんだね」

なんかくすぐったい呼び方だった。でも、悪くない。

「もう寝ようか。明日も仕事なんだ」

そう言う俺を、アスカが上目遣いで見つめる。

「ね、一緒に寝ていい?」

……何、その悩殺モード。それ、その辺歩いてる奴に言ってみろよ。10人に試したら、もれなく20人ぐらいついて来るからさ。

「僕、一人で寝られないんだ。ベッド大きいしさ。いいでしょ」

確かに、来客用の布団なんてなかった。床やソファで寝ることを強要するのも気が引ける。
沈黙を肯定と受け取ったのか、アスカは微笑む。

「明日も仕事だから、早くお風呂に入って早く寝よう。ハルキさん」




アスカが俺の寝るベッドに滑り込んで来る。ベッドの端と端に離れて、俺はアスカと横になる。
人と一緒にここで寝るのは二週間振りだった。相手はまさかの男だけど。

「おやすみなさい」

アスカが囁くように言う。その声も色っぽくて、不覚にもドキリと心臓が高鳴る。
俺、アスカに懐かれてんのかな。
アスカはネコみたいだ。人懐こくて、淋しがりやで、上等な血統書付のネコ。よそから借りてきたネコ。
そうだ、ペットだと思おう。男と思ったら受け入れがたいこの状況も、愛玩動物だと思えば受容できる……かもしれない。

「おやすみ、アスカ」

疲れた。久しぶりに深い眠りにつけそうだった。





トースト、ベーコンエッグ、サラダ、コーヒー。起きたばかりの俺の前には、素敵なモーニングセットが並んでいる。バーで抱いた家政婦という認識は、あながち間違ってなかった。

「冷蔵庫に何もなかったから、食材はそこのコンビニで買って来た。鍵は玄関に置いてたのを借りたから」

それは、美希が持っていた合鍵だった。

「それ、使えよ。俺がいない間に出かけるときとか、いるだろ」

俺の向かいの席に座り、アスカは頬杖をつく。朝食は一人分しかない。

「……お前の分は?」

「僕、朝は食べないんだ」

だからそんなに細いんだよ。しっかり食え。俺は親戚のオッサンみたいなことを言いそうになる。

「晩ごはん、何食べたい?」

アスカが俺の顔を覗き込んで訊いてくる。

「何でもいいよ。好き嫌いないし」

「じゃあ、適当に作っとくから」

ワイシャツに袖を通し、ネクタイを取ろうとすると、アスカがそれを手に取り俺の首に回す。手際良く結ぶその手つきは秀逸だった。

「……ごめん、イヤだった?」

「いや、あの」

なに動揺してんの、俺。

「大丈夫、料金に含まれてるから」

しれっとそう言って、アスカが玄関先まで俺を見送る。魅惑の微笑みを浮かべながら。

「いってらっしゃい」

これは、アレだな。前言撤回。アスカは家政婦じゃない、嫁だ。









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