「アスカに会わせてくれ!」
……なんか、修羅場っぽい。 最近よく通うようになったバー「PLASTIC HEAVEN」に、切羽詰まった男の声が響く。少し離れたカウンター席で一人ヤケ酒を呷っていた俺は、グラスを片手にその光景に見入る。 マスターに詰め寄ってるのは、会社員風で俺よりちょっと年上かな。 30歳前後ぐらいの、いかにも真面目そうな男。
「駄目だ。約束だったよな。4日間だけだって」
マスターは男の頼みを無下に断る。
「マスター、頼むよ。俺にはアスカが必要なんだ! 金なら出すから。お願いします!」
安っぽいドラマみたいだな。そう思いながら、俺は度の強いアルコールを飲み干す。 ――この未練がましさ。今の俺みたい。
しばらく問答が続いていたが、やがてマスターが「迷惑だ。帰ってくれ」と男を半ば強引に外へと連れ出して戻ってきた。 何食わぬ顔でカクテルを作るマスターに、俺は話し掛ける。
「ねえ、マスター」
こちらに目を向けるマスターは、超をつけても差し支えないぐらいのイケメンだ。年の頃は30歳代後半ぐらいだろうか。程よく精悍で、妙に大人の色気がある。俺の嗅覚に間違いなければ、マスターは肉食系だ。狙った女にはガンガン行きそうな感じ。 いい大人なのに、適度な軽さを感じさせる雰囲気がまた憎い。店の常連客にはマスター目当ての女も多かった。
「アスカって、誰?」
興味本位で訊く俺に、マスターは笑みを浮かべて答える。
「うちが仲介で派遣してる子」
「派遣?」
「そう。人気があるから、時々今みたいなことになるんだ。条件は事前に言ってるのにな」
俄然興味が湧く。女の子の派遣って、何だろ。風俗? デリヘルとか、そっち系かな。
「条件って、どんなの?」
マスターはグラスをきれいに磨き上げながら、答えていく。
「契約は4日間で、必ず住み込み。期間の短縮や再派遣は不可。とりあえず、そのルールは厳守だな。仕事内容は、アスカができる範囲のことなら何でも。家事全般とか、犬の散歩とか。話し相手とか」
なんだ、家政婦か。 初めに抱いていたピンクなイメージからは離れたものの、俺は引き下がらなかった。
「マスターに頼んだら、アスカちゃんが来るわけ?」
「そうだ」
さっきの男は、アスカのことが余程気に入ったのだろう。俺はアスカに興味があった。住み込みの家政婦というのも、断然ポイントが高い。
「アスカちゃんって、どんな子?」
「20歳なんだけど、すごくセクシーできれいな子だよ」
天使のように微笑むマスターに、俺は思わず口走る。
「ぜひ、頼みたいんだけど。明日からでも」
4日間5万円。一日換算で12500円か。 溜息をつきながら帰路に着く。家政婦の相場って、幾らぐらいだろ。 まあいい。そのぐらいなら痛くはないか……。 飲み過ぎたせいで、頭がぼんやりする。明日も会社だった。 マンションの玄関扉を開けて、照明を点ける。
この家、こんなに広かったっけな。
2週間程前までもう一人住んでいた、1LDK約45平米の部屋。あったはずの荷物と、いたはずの人を失った部屋は妙に寒々しくて。 帰宅した途端泣きたくなって、自分の女々しさにまた溜息をついたそのとき、玄関のインターフォンが鳴った。
午前0時。こんな時間に来客があるわけがない。 ――美希だ。 俺は勢いよく扉を開ける。
「美希、お帰り!」
ドン、と大きな音が響く。ヤバイ、ぶつけた。慌てて扉を少し手前に引く。
「ミキさんじゃないんだ、ごめんなさい」
聞き慣れない声だった。扉の向こうからこちらへと入ってきたその姿を見て、俺は息を飲む。
「アスカです」
吸引力のあるきれいな瞳。美しい顔立ち。殺傷能力さえ伴う、艶やかな微笑み。 ぶつけた肩を手で押さえながら俺の前に立っていたのは、見知らぬ若い男だった。
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