Bloody Blue[3/8]

僕はちょうど2年ほど前によく見掛けた、ある有名ブランドの広告を思い出す。

繊細な光彩の表現された白い背景に、淡いブルーのシフォンワンピースを着た女の人が物憂げに佇むポスターは、洗練されていながらどこか幻想的なデザインで、とても美しく目を引くものだった。

これを手がけたのが柊悟さんだと知ったとき、僕は何とも言えない気持ちになったことを今でも憶えている。

この人の目には、世界はこんなに美しく見えているのだ。

僕はきっと、この人には永遠に敵わない。


『柊悟さんのデザインは、本当にセンスがいいでしょう』


葉月がそう言って笑っていたことを思い出す。


『結婚式のアルバムやペーパーアイテムも、全部柊悟さんの会社にお願いしようと思ってるの』


容姿端麗で、温厚で、誠実な人。おまけに、将来有望なグラフィックデザイナー。

葉月の選んだ結婚相手は、僕には足下も及ばないような素晴らしい人で、葉月に相応しい人だった。

お陰で僕は葉月を僕だけのものにしたいというひどく邪な願望を捨てざるをえなかった。

けれどその代わりに、情動の矛先は違う方へと向いてしまう。


「汗をかいたから、身体が気持ち悪い。シャワー借りるね」


呑み干した缶を手に立ち上がろうとすれば、強い力で手首を掴まれる。引き寄せられて思わずその瞳を見れば、息を呑むほどに熱っぽく艶めいていて、心臓がドクリと音を立てて鳴った。

顔を近づければ唇が重なり合う。僅かに唇を開くと捩じ込まれた舌が濡れた音を立てながら僕の咥内を犯していく。


「……ん、……ッ」


首の後ろに回された手はしっかりと固定されていて、逃げる隙など与えられない。

力を抜いて舌を絡ませれば、味わい尽くすように何度もキツく吸われて、頭がぼうっとしてくる。


「は、ぁ……」


ようやく解放されて唇を離せば、唇の端から飲み込みきれなかった唾液が零れて伝っていく。僕が指で拭おうとするより早く、柊悟さんの舌がそこを伝い舐めとっていた。

葉月。僕がこの人に近づいた理由が、葉月の大切にするものが欲しかったからだなんて言ったら、君は何て言うだろうか。


「─── 早く入っておいで」


その言葉に僕は頷いて、今度こそ引き止められることなく立ち上がった。





シャワーを浴びて寝室に入れば、外はまだ明るいというのに部屋は闇に包まれていた。

窓のシャッターを閉めているせいだ。

ひんやりとした空気が肌を刺激して、まるで冬の夜に放り出されたような感覚に、僕は軽く身震いする。


「夏巳」


ベッドに浅く掛けた柊悟さんが、僕の名を呼ぶ。僕はゆっくりと歩み寄って、その目の前に立ちはだかった。


「……いいね、綺麗だ」


恍惚とした感嘆の言葉に身体の芯が疼く。

暗がりに慣れてきた目は、もうきちんと認識している。

一糸纏わぬこの身体を舐めるように辿っていく、執拗な視線を。



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