家出少女たち


「お集まり頂き有難うございます。遠月十傑の総意を受け新総帥の役に任命されました薙切薊であります。
先代である仙左衛門殿が学園にもたらした功績はあまりにも大きくその後継者として責務を果たせるか…重圧を感じている事は否定できません。
しかし日本の食文化を牽引する大役だと理解しています。
謹んで引き受け遠月を更に飛躍させる所存です!」




就任早々の決意表明をテレビで鑑賞。なにが後継者としての責務を果たせるか不安だよ。自分から言ったくせに、とテレビを見る私の機嫌は急降下していく。わざとらしく大きくため息を吐いてテレビの電源を切って部屋を出ようとする。




「どこへ行かれるのですか…?」


「外。気分悪いから気分転換したい」


「……お供いたします」




学園内を歩く。みんなこれからどうなるか不安な人が多く見かける。でも、そこまで緊張感は漂っていなくてまだまだ様子見といった様子。




「アンナ!」


「!アリスちゃん?……リョウくんに緋紗子ちゃんも。珍しい組み合わせだけどどうしたの?」


「アンナ姫実は…!」




どうやら叔父様が家に帰ってきてえりなちゃんは怯えていて、さらに唯一の心の拠り所である緋紗子ちゃんも叔父様が解雇をし、緋紗子ちゃんはどうしようか路頭に迷っているらしい。




「それで私に提案があるの!」


「提案…?」




自信満々といった感じでアリスちゃんが話し出す。どうやらその提案とはえりなちゃんを屋敷から連れ出すというもの。えりなちゃんは今も叔父様に縛られ生きている。そんなのはほっとけない!とまでは言ってないけどそう思っているだろうと思いその提案にのることにした。決行は夜まで待つことにしてその間は作戦を練る事にした。










「えりなっ」




夜になり、作戦決行。えりなちゃんの部屋のベランダ近くに脚立を置いてリョウくんが立ちアリスちゃんがそれに乗るというシンプルな作戦。てかアリスちゃーんパンツ丸見えだよーリョウくんはアリスちゃんが足で頬を押しつぶしてるから見えてないけど私達には丸見えだよーここにいるのリョウくん以外女の子だとしてもそれは……てかゆうくん恥ずかそうに視線外してるし。年頃の男子か。おっと、一人で心の中で会話してたらベランダにアリスちゃんとえりなちゃんが出てきてる。




「えりな様…っ!」


「えりなちゃん!」


「緋紗子にアンナ、蓮城くんまで」




緋紗子ちゃんはえりなちゃんを見上げ、手を振りえりなちゃんを見上げる私に無言で会釈するだけのゆうくん。さーえりなちゃんを無事に連れてこれたし6人で逃走するぞ!




「…とりあえずここまで来れば追っ手の心配はないわね」


「…アリス…どうしてこんな事…?」


「秘書子ちゃんが死にそうな顔で歩いてたから状況を聞いたのよ。
…薊叔父様が昔えりなになさった事についてはお父様やお母様から聞いています」


「私も……父が…話してくれました」


「私は一番側にいながら守ることは出来なかった…」




えりなちゃんが一番大変な時に側にいながら叔父様への恐怖でなかなかお爺様に助けを求められずに支えてあげる事すら出来なくて、やっと勇気を振り絞ってお爺様に助けを求めた時はもうかなり時間が過ぎていてえりなちゃんは今のえりなちゃんになって、面影が消えていた。




「手紙……あれだけ出したのに一通も返事をくれなかった!」


「そ、それは……」


「わかってるわ」




アリスちゃんが大きく鼻から息を出した。うん、なんか決めたなこの子。なにをやらかすことやら……何もなく平和に終わればいいけど。




「家出よ!!!こういうとき世間の少年少女は家出をするの!!このまま薊叔父様の好きにさせるわけにはいきません!」


「家出……で…でも……お父様に逆らうなんて…」


「情けないこと言わないの!意地を見せつけてやるのよっ!えりな!」


「そうだよ!それじゃあ一生伯父様の言いなりのままだよ」




あの絵に書いたような意地っ張りであるえりなちゃんがこんなに弱気になるなんてやっぱり小さい頃に植え付けられた恐怖はなかなか拭えないってことかー。




「…家出するってのはいいすけどどこにですか?」




しーん。誰も心当たりや考えていなかったので無言。




「新戸家のお屋敷でいいんじゃない?」


「え!?あ、新戸家には薙切の人間もしょっちゅう出入りするから…匿うなんて不可能だ…!」


「アリス姫やアンナ姫はもちろん私と黒木場の部屋も薙切の屋敷内ですし…」


「えー!?誰か飼える人いないのぉ?」


「えりな様の事を捨て猫みたいに言うなぁ!」




あはは緊張感ないなー今から家出をしようというのに全くもって緊張感がない!それがいいところだし今のえりなちゃんにとってはありがたい事かもしれないけどね。




「映像資料によると家出の基本は近所の空き地だと記されていたわね」


「ここら辺って全部学園の敷地内だから空き地なんてないけど…」


「そうですよ!それに高貴の象徴たるえりな様を空き地なんぞに居させられるか!」


「もうっ家出しようっていうのに贅沢ね!」


「じゃあアリスお嬢は平気だと言うのか!?」


「嫌よ!お風呂に入れなきゃ絶対イヤ!」




みんな贅沢じゃないか……私達生まれは一応お金持ちだから贅沢思考になってしまうのはしょうがないしそれが日常だったからね。だけど、このまま言い合いになるのは時間の無駄だしいつ追っ手がくるか分からないから早く場所を見つけたい。




「その辺のホテルに部屋とればいいんじゃ」


「世間知らずのえりなにホテル暮らしなんて無理よ絶対!」


「私から言わせればアリスちゃんも充分世間知らずだと思う」


「も、もちろん私も付き添うぞ!」


「……えりな嬢と一緒に新戸緋沙子もいなくなったら真っ先に疑われて足が付くと思うけど…」


「今回ばかりは黒木場に同意だな。傍にいたいのは分かるが緋沙子はしばらくは何事もなかったようにえりな姫から離れていろ」




珍しくゆうくんが、緋沙子ちゃんの頭を荒々しいけども撫でている。同じ立場同士だからかやっぱり緋沙子ちゃんの事が気になるみたい。私としてはもっと仲良くなって欲しいななんて。




「あ………?」




最初はポツポツとそしてすぐにザアザアと雨が降り始めた。雨はすぐに私達の制服を濡らしていく。




「……屋敷に戻ります」


「え…えりな様!」


「私にこれ以上構っていてはあなたたちの立場だって悪くなるかもしれない…」


「そ……そんな…!」




本当に叔父様が帰ってきてからえりなちゃんのあのプライドはどこに行ったっていうくらい気分が暗い。そんな空気の中、茂みを歩く音が聞こえてそちらを振り向くと……




「あなたは……」


「「田所恵ちゃん!?」」


「ど、どうしたの?こんな茂みの中で…」


「あなたこそ…どうしてここに?」


「え?あの……寮の裏から声が聴こえたから見に来たんだけど」


「!そうか…私たちはこんな所まで走ってきていたのか」


「と、とにかくこのままじゃ風邪ひいちゃうべさ…みんな…早く雨宿りしていって!極星寮に――!」




恵ちゃんの好意に甘えて私達は極星寮に雨宿りする事にした。タオルを受け取り身体を各々拭いていたら寮の出入り口のドアが開いた。




「薙切だ」


「お…お邪魔しているわ…」


「お邪魔してまーす」


「あ、新戸と蓮城もなんで?」


「は…話せば長くなるのだが」



緋紗子ちゃんが創真くんにここに来るまでの出来事を簡潔に話した。




「へぇー家出かぁ!いいねいいねー!やるじゃんか薙切ぃ
あれ…で他の二人は?」


「アリスちゃん達は先に帰っちゃったよー計画犯のくせに丸投げで困ったものだよ」


「とにかく…雨に打たれて冷えただろう。とりあえず風呂へ行きな」




というわけで私達は寮母さんのお言葉に甘えてお風呂をお借りした。えりなちゃんの暗い顔も温かいお風呂に浸かって消えるといいんだけどな。




「あの…お風呂ありがとうございました。感謝致しますわ」


「「「薙切さん!!!」」」


「!?びっくりした」




お風呂から出るとエリナちゃんの元に号泣したメンバーが駆け寄りすごい状態になっていた。分かってはいたけでみんな他人の事にこんなに泣いてくれるいい子達なんだな。ここならえりなちゃんを任せられる。




「姫、体調は大丈夫ですか?」


「うん、ゆうくんも借りておいで?」


「ですが……」


「大丈夫だよ。ここは危険じゃないって分かってるでしょ?それにゆうくんに風邪ひいて欲しくない」


「分かりました……」




ゆうくんを見送って私はえりなちゃんを見る。極星寮のみんなに囲まれて楽しそうに笑うえりなちゃん。やっとみれたその笑顔にホッとしてしまう。




「えりな様…笑顔が戻って良かった」


「うん、偶然とはいえここに来れてよかった」


「!?アンナ姫」


「緋紗子ちゃんは混ざらないの?」


「アンナ姫こそ混ざらないのですか?」


「私はこうしてる方が楽しいのー」


「なら、私も同じ理由です」




ふふふとお互いの顔を見合わせ笑い合う。えりなちゃんの笑顔が戻った事で緋紗子ちゃんも緊張の糸が途切れたみたいで良かった。




「ちぇー薙切の奴なーんかケチだよなー」


「特に創真くんとは出会いが最悪だったもんねーしょうがないんじゃない?」


「えりな様…少しずつ変わられている。穏やかになられた」


「どこが?すげーツンツンしてんじゃん」


「私には分かるのだ。初めてお会いした頃は美しさの中にどこか暗い影が落ちているのを感じたがそこから少しずつ少しずつ…変わられている」





緋紗子ちゃんの言う通り。確かに昔からすっごく生意気で可愛げがない!とか思っていたけど。今とは違うもので……あの時は嫌だったけど今となってはそんなえりなちゃんが愛おしい。それに笑顔も増えた。私はえりなちゃんの笑顔が大好きだから凄く嬉しい。




「新戸もだいぶ丸くなったと思うけどな。スタジエールの最初の時なんかよー」


「う……そ、そうか?い、いいではないか私の話は…」




えりなちゃんが創真くんに突っかかるから緋紗子ちゃんもなるべく関わらないようにしていたんだろう。忠実だからね。――時間は過ぎていき余り長居する訳にもいかず、えりなちゃんだけを極星寮に残して私とゆうくんと緋紗子ちゃんは帰ることにした。




「では……世話になったな幸平」


「楽しかったよーありがとう!他のみんなにも伝えといて」


「おうよ!」


「えりな様をどうか頼む」


「まー別に俺が構わなくても寮の連中が構うしな。この家出で薙切の親父さんも少しは反省したらいいけどなー」


「……そう上手くは行かないだろうね
あの人の計画にとってえりなちゃんは鍵だから」




創真くんが首を傾げる。その意味はまだ知らなくていい……そのうち知ることになるだろうからね。


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