解雇
「たのもーっ!」
汐見教授のゼミ、汐見ゼミの部屋のドアを壊れるのなんてお構い無しに無理矢理開ける。思ったより音が出て自分でもびっくりしてしまった。
「うわっ!?」
「ん……?」
「なんだ!?」
「あ、いたっ!リョウくん!」
「あ、アンナお嬢どうしたんすか?」
ぼけーっとしたリョウくんがこちらを見上げてくる。いや、君忘れてないかい?自分から言ってきたのに。
「リョウくん私に作ってくれる約束は!?」
「あー……そういえばそうっすね」
「てか、なんでここにいるって分かったんだよ」
「勘」
「勘!?」
「お茶が入ったよー」
「あ、汐見教授こんにちはー」
「あれ!?アンナちゃんも来てたの!紅茶もう一つ用意しなきゃ!」
「なっ…!いいよ潤!!もてなさなくて」
勘を頼りに走ってきたから疲れたー!休憩しよ。リョウくんの隣がちょうど空いてたからリョウくんの隣に腰掛けリョウくんの膝に頭をのせる。ん、かいてきー。
「!アンナお嬢なにしてんすか」
「きゅうけーい」
「……馬鹿がうつるぞアンナ」
「ちょっと馬鹿になっても頭いいから大丈夫」
「嫌味っすか」
こう見えて頭はいい方なんです。こう見えてね!んー眠くなってきた……。
「…葉山ぁ!ちょっと食べ比べたいからよ「炙りサンマのカルパッチョ」三人前!よろしく」
「大至急な」
「うるせぇ帰れ」
「……リョウくんも私の分を」
「……どいて欲しいっす」
「あーうん……」
そうだ……どかなきゃリョウくん作れないんだ……このままこうしてたら眠っちゃうからちょうどいい。創真くんの料理もあるし暇つぶしにはちょうどいい。
「そーいや蓮城いねーな」
「置いてきた!しばらく離れることになるから」
「離れる?なにかあんのか?」
「うん、ゆうくんを側近解雇しようと思って」
「解雇!?やめるのか?」
「やめさせないよ!解雇といっても一時的にね!ゆうくんには創真くんと同じで足りないところがある。私に構っていたらそれを見つけられないから。ゆうくんのためにね」
私のために今まで頑張ってくれたんだから今度は自分のために頑張って欲しい。そして、自分の弱点に気づいて欲しい。
「できたぞ」
「アンナお嬢…「鰻のマトロート」っす」
「ありがとう!」
「お!懐かしいな」
「だよねーでもどうしてリョウくんこれを私に食べさせたかったの?」
「単純な理由っすよ……アンナお嬢ウナギ好きだから」
「!知ってたの?」
「アリスお嬢が前に……」
アリスちゃんはおしゃべりだからな。ウナギが好きってよりも日本食とか日本の食材がすきなんだけど。でもウナギも勿論大好き。そしてやっと理由が分かったリョウくんはだからこれを食べさせたかったわけか!素直に嬉しい。これは食べなくちゃ!
「いただきます………ん、確かにプラムが脳天に響いてクる美味しさだね。カルトッチョも好きだけど私はこっちの方が好き」
「あざっす」
美味しい。眠気が覚めた!もぐもぐとぼーっとリョウくんの料理を食べていると、汐見教授がなにか話をしていた。あれ?汐見教授いたんだ。さっきどっか行ってた気がしなくもなかったけど。
「スタジエール制度?何すかそれ?」
「そもそもスタジエールとはフランス語で"研修生"という意味の言葉…厨房内で下準備や雑務を担当する料理人をスタジエールもしくはスタジエと呼ぶんだけどまぁこれは説明するまでもないよね」
創真くんが心配だけど、まあいいか!創真くんならなんとかなるよね。だって創真くんだし!彼に常識は通用しない。
「遠月学園におけるスタジエール制度とは!高等部の1年の生徒が外部のさまざまな料理の現場に派遣されるカリキュラム!その行き先は高級料理店から食品メーカー・公的機関まで多種多様。実戦の空気を学ぶ正式な授業の一環なの!スタジエール先で惚れ込まれてそのまま就職する子も多かったりするよ」
「は――この就職難の時代になぁ」
「ただ働いてくればいいってだけすか?それなら楽勝っすね。そこいらのプロでも俺よりデキるやつがそう居るとは思えねぇし」
「そ…そんなに甘いものじゃないよ!」
「どこの研修先も遠月学園への信頼があって研修を受け入れてくれてるんだよー?もしも遠月の名を汚すような問題を起こせばそれなりの処分…退学を受けることだってあるんだよ?」
「しかし汐見教授とかよく生き残れたっすね」
「ど…どういう意味!?」
汐見教授はどしっことスパイス馬鹿で有名だからねー本当によく生き残れたのか不思議なくらいのレベル。運も実力のうちっていうことかな?
「じゃあ…問題を起こさずに滞りなく仕事をこなせればクリアって事か?」
「合格基準は…一週間の研修期間で"目に見える実績"を残してくる事」
たとえば、売り上げとか。これが一番分かりやすいかな?あとはまあ、品を進化させるとか店にとってプラスになることかな?だから色々とできるね!それにしても楽しみだなー私はどう力をつけていこうか。そして彼女も。
「んー美味しかった」
「アンナ姫!ここにいたのですか!」
「あーゆうちゃん!ちょうどいいあなたに話があるんだ」
「?はい」
「―――ゆうちゃん今日で私の側近終わりね」
「――え?…………っ、どうしてですか!?」
「今のあなたを私の隣にはおけない……あの時は許したけど、決勝見て変わったよ。やっぱりゆうちゃんは私の隣にいちゃだめになっちゃうよ。せっかく私が見つけた金の卵なのに」
今にも泣きそうで必死に堪えているゆうちゃんの頬にそっと手を添える。すると、我慢していた涙がボロボロと溢れていく。泣きすぎて声が上手く出せないのか必死にいかないでという目をしてる。でも、ごめんね。
「でも、スタジエールで私が望む結果を見つけたら戻ってきていいよ。だから、スタジエールは自分としっかり向き合って?私のことは気にしないで」
「っ、私にっ……足りないのは……なんですか」
「それをヒントでも教えたらゆうのためにならないよ…だから自分で探して?…………じゃあ、スタジエール後楽しみにしてるから」
久しぶりに呼び捨てでよんだ彼女の名前。昔は呼び捨てだったから、私が大好きだったあの頃を思い出して欲しいのと今は対等だという意味も込めて。ゆうに添えてる手を離して一切見ずに、振り返ることもなく歩き出す。さて、気づいてくれるかな?昔の自分にはあって今の自分にはない料理人として大事なことを。
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