お楽しみの時間
「秋の選抜準決勝――審査員は我々5名が務めさせていただく」
ついに準決勝が始まった!審査員は全てかわり、合宿でお世話になった80期の乾先輩、79期の水原先輩、69期で遠月リゾートの総料理長の堂島先輩。それに加えて、88期の角野先輩に89期の木久知先輩……豪華な顔ぶれだねー。
「それにしても……」
「うん?」
「定食屋と高級レストランじゃ同じビーフシチューでも違う……どうするつもりなんでしょうか?」
「さあ?まあ、隣にもゆうくんと似たようなことを思っている子はいるみたいだよ?ねーえりなちゃん?」
「ええ、そうね」
「でも、創真くんはここまで来たんだよ?そんな無様な様は見せないでしょー」
「……いつの間にあなたたちそんなに仲良くなったのかしら?」
隣で一緒に見ていたえりなちゃんが嫌悪感を露にしてこちらを見てくる。本当にえりなちゃんは創真くん嫌いだねえ。でも、こんな言葉もある。好きな子ほどいじめたい。ツンデレ。なんて言葉?がね。
「あれ、えりなちゃんヤキモチー?創真くん?それとも…………私?」
「ち、ちがうわよ!」
「冗談だよ」
半分本当だけど、それは黙っておこう。
「…………あれ?えりなちゃん、創真くんが使うのって牛テールじゃない?」
「分かったわ…!君の発想…狙い!!テールは牛肉の中でも最もゼラチン質が多い部位…!下茹でした牛テールに塩&黒胡椒と小麦粉をつけ表面を香ばしく焼いてからじっくり煮込む。そうすればデミグラスソースと馴染ませる頃にはゼラチン質がたっぷり溶け出す…」
「なるほどーゼラチン質による"とろみ"…それがデミグラスソースや出汁と絡み合って渾然一体としたコクを作り出して白味噌の風味を壊す事なくコクだけを深められる……これってたしか」
「ええ…緋沙子がスッポンバーガーでやった方法だわ!」
調理中の創真くんがこちらを見上げてニヤリと笑ってくる。正確にいえばえりなちゃんに。どうやら創真くんはえりなちゃんに味見を頼んで色々言われたらしい。それを返上するという意味だと思う……その日の夜はえりなちゃんがおしゃべりだったのでよく覚えてる。
「………っ!」
「いい顔してるねーえりなちゃん」
「……楽しそうですね姫」
実際、楽しい。えりなちゃんも創真くんも。テールを香辛料で香り付けしクローブを使いシチューのまろやかさを強調。さらにはマティ二ョンという人参や玉葱などをバターでソテーしたものを使いコクを深めている。えりなちゃんが隣で悔しいのか爪を噛んでいるのが見えた。
「えりなちゃん女の子なんだから止めなよーそれに……彼も動き出してるよ!ベーコン…えりなちゃんはどう思う?」
「ビーフシチューにベーコンと言えば…答えは一つ付け合せ…「ガルニチュール」に使うつもりね!特に幸平くんのレシピは濾して仕上げるタイプのシチューだから付け合せ無しではソースと肉だけの地味な皿になってしまう…ガルニチュールは必要不可欠!!」
「よく使われてるのは"クルトン""小タマネギのグラッセ""マッシュルームのソテー"そして、ベーコンだね!」
「ええそうね」
腹立つけど、見ているだけで美味しくなるってわかる。腹立つけど!大事なことだから2回言ってみた。
「ほほ肉、牛タン、ハチノス、ヒレ肉色々な肉の部位がでてきましたね。何をする気なんでしょうか…?」
「え――…こほん審査員の方々…これから皆さんを「牛肉の遊園地」にお連れしやしょー」
「!?遊園地……?なにそれ面白そう!」
「アンナはしゃぎすぎよ」
「だって牛肉の遊園地だって!気になるよー!」
「落ち着きなさい」
「……はーい」
えりなちゃんに怒られた。静かに見てます。どうやら創真くん、テール以外のお肉ぜーんぶ今朝選んで買ったものみたい。つまり、即興調理……私と同じ。あ、今度は七輪だしてきた。どんなのになるかわくわくするね?
「幸平…成る程。やっぱりお前はそっちのタイプだったか――」
「私と一緒のタイプ」
「あなたと幸平くんでは違うでしょう」
「一緒だよーといっても私はだいたいいつも即興だけど」
「合宿の時もほとんど寝ていたものね」
「眠かったしね!」
美作くん対策でそれをやる子はだいたいはパニックになってまともなのは作れないだろうけど創真くんは現場で生きていた子。それくらいは朝飯まえのこと。それは美作くんだって分かってる。おっと、その美作くんの審査が始まるね。
「うぅう〜〜…っ!!!舌がとろけてなくなっちゃいそう…!!なんてまろやかさなの〜〜〜!!」
「そのくせメスキートの香りはビシビシと強烈!涙が出そうな程鋭い…!とんでもない美味しさだ!!」
「確かに……じっくり慎重に育てられた旨味によって牛肉インパクトが霞むどころか更に高められている。時間と手間…その重さ!即興調理とは対極とも言える強みがこの一皿にはある!!」
「浅はかだなァ幸平!!その場のインスピレーションに任せて料理を組み立てる…聞こえは良いがそれは要は"熟慮の放棄"!"思考停止"に他ならない!!料理ってもんは――微に入り細を穿ち準備し抜いた方が勝つんだよ!お前が今からいくら小細工を重ねようと無駄!!無駄なんだ!!ま…記憶に刻むといい。お前の人生で客相手に出す最後の一皿を」
まあ、君が料理を語るなって話なんだけど…人のをぱくり細工してから出す料理……作った人を感じない料理なんて料理じゃない。そんなのは客に出すものじゃないと私は思ってる。それにそんな小細工で私に負けたあなたがそれを言えるのかな?そんな小細工で2回あなたは負けるかもしれないね。
「……楽しそうね」
「うん!楽しい!あ、次は創真くんの出番だねえりなちゃん!」
「なぜ私にふるのかしら!?」
「はいはい意味はないですよーほら、見てみなよ」
創真くんが出したビーフシチューは色んな部位のお肉がゴロゴロと乗っかっていた。見た目はとてもビーフシチューには見えない。肉肉肉!確かにお肉の遊園地。
「ふざけてんじゃねぇだろうな…!こんなビーフシチュー見た事…!!」
「何言ってんすかちゃんとビーフシチューっすよ。これ全部付け合せですから」
「よし…では実食だ」
審査員の先輩方が創真くんのビーフシチューを口にする。これが彼の運命を左右する皿になるので空気は重い……とくに創真くんと親交が深い子たちは。
「旨――ッ!!噛むとホロリとほどけるトロトロの頬肉!歯応えある牛タンとハチノス!!次々と旨味が展開する…まるで絶叫マシーンのように!」
「特に…炭火で焼かれたこのハラミが凄い!これが炭火で焼かれぷりぷりと弾むような食感を作ってる!シチューと絡めてもすばらしいアクセントに…!一見むちゃくちゃなように見えてそれぞれ適切な調理をし緻密に組み上げれたアトラクション!!完璧に成立している!!」
やっぱりそうだ。創真くん私と同じスタイル。どうりで彼とは馬が合いそうだなと思っていたんだよね。私が求める料理……それに近いものを創真くんは持っている。かもしれない。
「いやコレ実はある料理が考え方のモデルになってんすよ。つい今朝方辿り着いたんすけどねー「筑前煮」っす」
「あははは!やっぱり創真くんは創真くんだねー創真くん独自のスタイルを持ってる」
「アンナ!あなたさっきから幸平くんの肩を持ちすぎじゃないかしら?」
「えーだって好きだもん」
「!?」
「す、すすす好きって……!」
「いやいや人間として、友達としてね!変な意味じゃないよ?えりなちゃんどもりすぎだしゆうちゃんもショック受けすぎ」
「あ、ああ……そういうことですか」
「びっくりさせないでくれる!?」
「なんで私が悪いのさー」
……納得いかない。って、雑談してたら判定が始まってるよ!勝敗は見なくても分かるけど、見たいよねその瞬間を。
「幸平創真……決勝進出―――!!」
というわけで、この対決は見事創真くんの勝利となり食戟でもあったので食戟のルールに乗っ取り、今まで美作くんが奪った包丁は持ち主に返され、負けた美作くんは退学しようとしたが創真くんに説得をされ居残ることになった。
「よう薙切何とかここまで来れたわー一年生のてっぺん…お前と競える場所まで……あとひとつだ」
「わきまえなさい…!私は君の遥か上にいるの。あと例の本早く持ってきなさいよ」
「えりなちゃん素直じゃないなーお疲れ様創真くん!君なら勝てると思ったよ」
「ありがとなアンナ!お前のおかげでもある。お前とも競えるの楽しみにしてるから待ってろよ」
「……えりなちゃんの言葉を借りて。私は君の遥か上にいるんだよーえりなちゃんに勝ってからそういう生意気な口を聞いてねー?創真くん」
「お前も結構言うなーさすが従姉妹」
負けず嫌いですから。それは薙切に共通する性格かもしれない。さて、次はいよいよリョウくんとアキラくんの対決かー楽しみ。
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