「あらフィロメーナちゃん帰ってきたのね〜おかえりなさい」
「ルッスただいま。……ボスは?」
「あ、あのね、ボスは……」
ルッスが凄く気まずそうな顔をしてあたふたしているのを見てすぐに状況を理解した。ため息がついつい零れてしまう。
「……またなのね、あの万年発情期。部屋にいるの?」
「え、ええ……」
「ありがと。はぁ……」
これで何回目か数えるのも面倒なくらいため息しか出てこない。昔の気持ちを抑えつけていた時を思い出すようで胸が痛い。ヴァリアーの広くて暗い邸内……その暗さが私の今の気持ちのよう。
「……どうして私が長期任務に出ている間はこうなの……私には構ってくれないし」
泣きそうになるけど、ぐっと堪らえて気持ちを抑える。私は人前で泣いてはいけない。弱いところを見せてはいけないんだ、と心で唱えていたらザンザスの部屋へと到着した。落ち着かせるために扉の前で深呼吸をすると、扉を乱暴に開けた。部屋を見渡すと、ベット脇に座る半裸の彼と全裸の知らない女がベットに横たわっていた。それにまたチクリでは済まないグサリと胸が痛んだ。
「ただいま、万年発情期のお兄様?」
「……フィロメーナ」
シュンッシュンッ!と、私の持つ銃が発砲された独特の音が響きわたる。ザンザスの横に眠っている女の人を撃ったのだ。女の人は私が撃った胸元から徐々に凍っていく。そしてすぐに全身が凍った。
「相変わらず見境ないわね。私には全然構ってくれないくせに」
「……ふん」
コツコツコツとヒールを鳴らせベッドまで行くとザンザスの膝に乗っかり首に抱きつく。私達の距離は今にもキスができそうな程近い。ああ、久しぶりにこんなに近くにザンザスの顔を見るな……恥ずかしさと悲しさで素肌の胸板に額を当てる。雪の炎を持つ私の平均体温は低くて露出しているのにすっごく温かく感じる。
「……ずっと昔にお母様と約束したじゃない……女遊びはしないって……」
「離れろ」
「っ……」
頭に銃口を当てられた感覚がして、顔が歪む。視界が涙で歪んできたけど、必死に堪え泣いてるなんて思わせないようにしてるけど、ザンザスの膝のズボンにぽたぽたと落ちてしまってるからそのうちバレるかも知れない。
「どこから連れてきたの…?」
「……どけ」
威圧的な声にビクッとなるけど膝からは降りない。その体勢のまま既に全身が凍った女の人の姿を一瞬だけ視界にいれ軽く触れる。すると一瞬にしてパリンと弾けて跡形もなくなる。この人はザンザスと私が求めてるものをしたというだけでどす黒い嫉妬心が湧き上がる。
「……質問に答えて。じゃないと退かないわ」
自分の銃でザンザスの生身の体に俯いたまま銃口を直に当てた。別に撃つつもりはないけど、私も怒っているという意思を示すために銃を向ける。お互いに銃口を向けている。不思議な光景。
「……さあな」
「私じゃ駄目なの…?ずっとずっと待ってるのにいつになったら私の事見てくれるの?いつになったら私は完全にあなたの物になれるの…?」
「……泣いてるのか」
「…泣いてないもん」
ガッと頭を捕まれ無理矢理顔を上に向かせられる。まだ涙で目は赤くなっていて、指で涙の跡を優しく撫でられた。表情は無表情のままでどうしたのか私は混乱していてザンザスに向けていた銃をおろした。
「……色気ねぇ…」
「……ザンザスのせいよ。ねえ、ザンザス……」
「しねぇ」
「やっぱり……知ってるでしょ?小さい頃から貴方のずっと傍にいたわ。はっきり言って貴方に擦り寄るどの女より、私は貴方を愛してる自信あるし顔だって負けない自信あるのに……」
「…それだからだ」
「…え?」
「……なんでもねぇ」
「ザンザス……」
私が口を開こうとした瞬間ドゴオオオオン!と乱暴に扉を無理矢理開ける音が部屋と2人の耳に響いた。そして、扉がある場所から土煙と共にスクアーロが姿を表した。表情からして怒っているようだけど、そんな事はどうでも良くて私は今大事な話をしているから邪魔しないで欲しい。
「う゛お゛ぉい!フィロメーナ!帰ってきたなら報告を……」
「タイミング悪いわね!」
まだ手に持っていた銃をスクアーロの真横に向かって発砲し、出てくる文句の言葉を無視してベッドから立ち上がり部屋を出ていこうとした。だけど、スクアーロに手首を捕まれ止められる。
「おい!フィロメーナ!まだ話は…!」
「うるさいわよ鮫。私は誰かさんのせいで機嫌が悪いの……疲れたから寝るわ。起きてからでいいでしょ」
「あ、あぁ……」
「じゃ、私は自分の部屋に戻るわ」
部屋を出て暫く歩いた時ザンザスの部屋から凄まじい音が響いたけど私は気にせずに歩き続ける。どうせ、いつも通り暴れているとわかっていたから。部屋に戻りベッドに入ってすぐに眠りにつく。爆睡していた様で目を覚ました時、すっかり朝日が昇っていた。上半身を起こして体を伸ばすとベッドから出て、ヴァリアーの隊服に着替えるとみんなが朝食をとっているであろう場所へと向かった。
「しししっフィロメーナじゃん、おはよー」
「ん、おはようベル」
「おい、フィロメーナ」
「あとで。先にご飯食べさせてよスクアーロ」
朝から騒がしい。いい歳をした幹部たちに呆れてため息をすると自分の席、ザンザスの目の前の席。いや、斜め前と言った方が正しいか。ザンザスはテーブルの横の部分で幹部たちは縦の部分に座っていて自分の席に座る。
「さ、フィロメーナちゃんどーぞ!」
「ありがとうルッス。いただきます」
朝食をルッスが運んでくれたので食べていると、ザンザスからの視線が痛くて食べずらい。たすけて欲しくてスクアーロに視線を向けるがスクアーロは気まずそうな顔をしているだけで助けてくれるような様子はない。言いたい事があるなら言えばいいのに。
「…スクアーロ。あとで貴方の部屋に行くわ」
「…分かった」
「ごちそうさま」
少食ではないがザンザスからの視線に耐えかねずに静かに席をたつ。見られながら食べるなんていやだしね。みんなが食べ終わるまで適当に時間を潰してからスクアーロの部屋へと向かう。
「スクアーロ?フィロメーナだけど」
「入れ」
「……話ってなにかしら」
「任務の報告だ」
「なんでスクアーロに?」
「今の状態で報告できるのか?」
「……無理ね」
昨日まで行っていた長期任務の報告をスクアーロにした。長期っていってもそんなに日数はかかっていないから早く終わった。ヴァリアークオリティーでね。
「…で、他にもあるんでしょ?昨日はそれが目的で邪魔してくれたんだろうし」
「……分かってたのか」
「当たり前でしょ。早くしてあの子達のお世話に行きたいの」
「ああ…ボスとどうするつもりなんだ?」
「スクアーロからも心配されるなんて重症なのね………まあ、そうね…私はザンザスに従うわ。部下としてはあの人に一生忠誠を誓っているから」
「そうか」
「どうなるか私には全く分からないけどね」
ザンザスが何をしたいのか私には分からない。彼が眠っている間私の気持ちはずっと変わらなかった……いや、むしろ膨れ上がっていたというのに彼の気持ちは変わってしまったのかな?