俺に興味がある、だって?
 ――笑止。

「――そう言って俺をその気にさせて、上手いこと利用するつもりか? 生憎だけどな――その手はもう、俺には通じねえんだよ」

 自分でも吃驚するくらいの、低くて冷たい声が出た。田中も驚いたのか、掴んでいた俺の腕を離す。
 嫌われただろうか。いや、構わない。これくらい冷淡に、冷酷に切り捨てなければ――俺はまた、傷付けられる。
 信じれば裏切られ、傷付けられるのだ。だから俺は、何も信じない。
 此奴もどうせ、俺に利用価値を見出したから話し掛け、興味があるなどと宣って俺を利用するつもりなのだ。そうに決まっている。人間は、他人は皆そうなのだ。此奴だって例外ではない。
 人間は皆――そういう風に創られた生き物なのだから!

「俺様は、嘘偽りなど言っていない」
「――はあ、どうだかねえ。大抵の奴は皆そう言うんだよ」

 ――嘘じゃない、本当だ。
 ――俺を信じてくれ。
 ――俺達、友達だろ?
 ああ、何て――何て薄ら寒い台詞なのだろうか!
 これほどまでに信用性に欠ける台詞があるだろうか? いや、ない!
 何奴も此奴も嘘ばかり。上っ面だけの、歯の浮くような台詞ばかりをほざきやがるのだ!
 此奴もそうだ。嘘偽りなど言っていない?
 そんな言葉――誰が信じるか。

「――もう良いだろ? 次の授業始まるし。俺に教えを乞う暇があるんなら勉強しろよ。もしくは誰か――ああ、この際ソニアさんにでも教えて貰えば良いじゃねえか。あの人、お前に気があるみてえだし。悔しいけど、俺に脈なしだし――どうぞお二人共、末永くお幸せに」

 結婚式には呼ばなくて良いからな、ただの同級生さん――と吐き捨てて、俺は教室へと早足で戻った。




――――




 最悪だ。我ながら、最低最悪のことをしてしまった。
 今日の授業が終わり、田中から逃げるようにして寮へ帰ってきたが――自己嫌悪で死にそうだ。
 何故あんなことを言ってしまったのだろうか。少し――いや、かなり言い過ぎた。
 穏便に断れば良かったのに、何故かそれが出来なかった。幾らトラウマを刺激されたからと言って、あれは言い過ぎだ。どうしよう、田中を傷付けた。
 傷付けられるのが嫌だからって、相手を傷付けてしまうなんて――俺も彼奴等と同類じゃないか。
 最悪だ。死にたい。田中ごめん。お前は多分――本当に、嘘偽りなく言ったのだろう。
 でも、ごめん。俺にはそれを信じる勇気もないし、情も既にないのだ。現に俺は――あんなに好きだったソニアさんを引き合いに出して、あんなことまで言ってしまった。
 結局俺は、他人よりも自分が大事なのだ。何て情のない、酷薄な男なのだろうか。
 ああ、このまま一生、俺は独りで生きるのだろう。その方が良い。その方が俺も、他人も、傷付かなくて済むのだから――。




――――




「左右田、居るか?」

 こんこんという扉を叩く音と共に、声が掛けられた。
 ――あれ? 外が暗い。
 時計を見る。自己嫌悪に陥ってベッドで暴れていた時刻から、三時間以上は針が進んでいた。どうやら俺は、暴れ疲れて眠ってしまったようだ。
 ――っと、それよりもだ。
 誰かは判らないが、俺に用があって来たのだろう。俺の名前も呼んでいたし。とりあえず出てやらなければ、相手に失礼だろう。
 俺はベッドから下り、ふらふらとした足取りで部屋の出入り口に向かい――扉を開けた。

「はいはい、どちら様――」

 扉を開けて後悔した。
 其処には俺が今、一番会いたくないと思っていた――田中が居たからだ。

「――すみません間違えました」
「それは貴様が言う台詞ではないだろう」

 ですよねえ、なんて言う元気もない訳で。というか田中、扉の隙間に足を噛ませるな。閉められないじゃないか、おい。

「中に入るぞ」

 勝手に入るなよ――と言う間もなく、田中は俺の抵抗を物ともせずに扉を開け放ち、部屋の中へずかずか入ってきた。
 不法侵入で訴えるぞ。

「ふむ。貴様の部屋は――何とも言えぬ瘴気を漂わせているな。破壊神暗黒四天王を連れて来なくて正解だった」

 おい、それは俺の部屋が臭いってことか。確かに機械油の匂いが充満しているが――良い匂いだろう。俺の癒し空間にけちを付けるな。

「左右田よ、魂なき鉄細工の断片が床に散乱しているぞ。覇王の歩みが妨げられる、何とかしろ」

 何とかしろって――お前なあ!

「いきなり押し掛けてきて、何偉そうに振る舞ってんだよ! 帰れ馬鹿!」
「ふはっ! 帰れだと? そう言われて、そうですかはいはい――と去る訳がなかろう! 俺様を誰だと思っている?」

 制圧せし氷の覇王、田中眼蛇夢だぞ――と言いながら、田中はいつもの恰好付けたポーズを――。

「いっだぁっ!」

 ――決めようとして、床に置いていた螺子を思いっきり踏み付けた。瘴気とやらが漂う俺の部屋に、覇王様の情けない絶叫が響き渡る。
 うわあ、何この残念な子は。

「えっ、と――大丈夫か?」

 あまりの残念さに、湧き上がりかけた憤りは沈下し、代わりに同情心が湧き上がった。

「ふ、ふはっ。俺様は覇王だぞ。この程度の痛み、蚊ほどにも感じぬわ」
「いや、さっき叫んでましたけど」
「き、気のせいだ!」

 いや、気のせいじゃないから。

「――っつうか、俺の部屋に何の用だよ」

 先程手酷く拒絶した俺の部屋になんて、余程の用件がなければ来ないだろう。恐らく何か、とても大事な公的用件があるに違いない。そう思った――のだが。

「何の用だと? はっ、愚問だな――勉強を教えてください!」

 そう言って田中は、教科書に載せられるくらいに美しいお辞儀を、俺にかましてきやがった。
 おい、ちょっと待て。

「――あのよお。俺さ、さっき拒否したよな?」
「ああ」
「なのに何でまた頼むんだよ」
「貴様が良いからだ!」

 何で俺が良いんだよ。

「賢い奴なら俺以外にも居るだろ。ほら、ソニアさんとか」
「雌猫より貴様が良い」
「雌猫言うな馬鹿。じゃあ――狛枝とか。彼奴も頭良かった筈だぞ」

 お前という希望を輝かせる為なら、全身全霊を込めて懇切丁寧に勉強を教えてくれるだろうよ――と言えば、田中はあからさまに顔を顰めた。

「あれより貴様の方が断然良い」
「あれ言うな馬鹿」

 何だよ此奴。一体何を企んでいる?
 もしかして――さっきの仕返しか?
 勉強を教わる振りをして近付き、俺の弱みでも握ろうとして――。
 ――ああ、駄目だ。信じられない。

「何で俺に拘るんだよ」
「貴様に興味があるからだ」

 またそれか。

「興味興味って、俺はお前の大好きな獣じゃねえよ。無粋な興味だけで、俺に関わろうとすんじゃねえ」
「無粋だと? 俺様は純粋に貴様のことを――その、えっと――」

 今まではきはきと物を言っていた田中が、急に口籠もった。
 何だと思って田中を見つめると、俺の視線に気付いたのか、田中は首に巻いたストールで顔を隠し、俺から目を逸らした。
 何だその反応は。

「何を企んでいやがる。今すぐ白状するなら、無傷で自室に帰してやるぞ」
「何をする気だ貴様は。あと俺様は、何も悪いことは企んでいません。ただ、その――」
「その、何だよ。はっきり言えよ」
「お、俺様は貴様と――」

 友達になりたいだけです――と言い、田中はストールで自身の頭部を完全に覆った。
 ――友達になりたい、だって?

「友達? ああ、勉強を教えて貰う為にか?」
「ち、違う。勉強は確かに教えて貰いたいが、それは建て前――いや、その――ええい、左右田よ! 俺様はずっと前から、貴様が気になっていたんです! だから友達になってください!」

 ストールを少し下げ、こちらの様子を窺うように見つめる田中の顔は――茹で蛸みたいに真っ赤だった。
 そんな田中を見て、俺は漸く真意を理解し――。

「――っば、馬鹿じゃねえの。その言い方じゃ、まるで告白みてえじゃねえかっ」

 ――田中と同じように顔を真っ赤にし、被っていたニット帽を引っ張って顔を隠したのだった。




――――




「おいおい覇王様ぁっ、それはさっき教えたところだろ。何でまた間違えてんだよ」
「すまん」
「あ、此処も間違ってやがる。此処、昨日教えただろ」
「ごめんなさい」
「こればっかりは暗記するしかねえんだから、ちゃんと覚えろよ。ほら、これが答え」
「ありがとうございます!」

 此処は教室だ。勿論同級生が皆居る。そして皆、俺達を見ている。
 そりゃあそうだろう。馬鹿だと思っていた人間が――他人様に物を教えているのだから!
 本当ならキャラクター維持の為に、二人きりになれる場所で勉強を教えたかったのだが、そんな時間も惜しい程に――田中は阿呆だった。
 いや、頭の回転は悪くない。寧ろ賢い部類に入る人間だ。しかし――壊滅的に要領が悪かった。覚えるまでが苦難の道、有り得ない程の時間が掛かるのだ。
 動物関係のことなら一瞬で覚える癖に、この動物脳は――!

「おい、其処は違うって。こうだよ、こう」
「な、何が違うのだ」
「よく見ろ、此処と此処が違うだろ」
「こ、細かいぞ左右田よ!」
「間違ってんだから細かいも糞もあるかっつうの。はあい、やぁりなぁおしぃっ」
「貴様は鬼か」
「あ? 馬鹿な友人の為なら俺は、鬼にも悪魔にもなってやるよ」

 ――あっ。
 自分で言っておいて何だが、今の台詞って――かなり恥ずかしい部類に入らないか?
 恐る恐る田中を見る。果して其処には――ぷるぷる震えながら、ストールで頭部をすっぽりと覆い隠した田中が居た。
 あっちゃあと思った時には、俺の体温が上昇してきて――ああ、もう! 顔が熱い!

「――っだあああっ! おい、勉強の続きすんぞ! さっさと顔出せ!」
「い、いい今は無理だ! 俺様の身体に巡る毒素が、顔面に集まって爆発寸前なのだ!」
「顔面くらい爆発しても良いだろ! それともお前、テストで爆散死してえのか? 顔面どころじゃねえだろ馬鹿!」
「――そ、それは困る!」

 田中は慌ててストールから顔を出し、机に並べられた教科書とノートに向き合い出した。だけどその顔は赤く、気持ち悪いくらいににやけていて――。
 ――ああ。多分今の俺も、こんな顔をしているんだろうなあ。

「――田中ぁっ」
「な、何だ?」
「お前、次のテストで満点取れよ」
「何、だと?」
「安心しろ。俺が全身全霊を込めて懇切丁寧に――じっくりびしばしぎっちぎちに教えてやるからよお」
「き、貴様は悪魔か?」
「あ? さっき言っただろ」

 馬鹿な友人の為なら俺は、鬼にも悪魔にもなってやる――ってな。
 そう言ってけけけと舌を出しながら笑ってやれば、田中は顔面蒼白になりつつも、お手柔らかにお願いします――と言って頭を下げた。

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