世の中には、二種類の人間が存在する。
 一つは賢者。賢く、要領の良い人間だ。
 もう一つは愚者。愚かで、要領の悪い人間だ。
 因みに俺は、賢者の部類に入る人間だ。少なくとも――俺の視界に映っている、顔面蒼白な要領の悪い愚か者共よりはな。




――――




 抜き打ちテストだった。
 希望ヶ峰学園は、卓越した才能が一つでもあれば入学出来、それを伸ばすためのカリキュラムを組んでくれる――それはそれは素晴らしい学校なのだが、その才能を伸ばすためだけの勉強しかさせない訳ではない。
 最低限、一般的な学生が身に付けなければならない知識も、当然の如く学ばされるのだ。
 俺は勉強大好き人間なので、才能を伸ばす勉強をさせてくれるわ、普通の高校生――いや、それ以上の勉強も望めばさせてくれるわで、此処は天国なのではないか? と錯覚してしまう程に、毎日が幸福で満たされていた。
 だがしかし、俺のような人間がそうそう居る訳もない。
 自分の才能を伸ばすための勉強はしても、それ以外は無知同然で無関心――そんな人間がごろごろ居るのだ、特にこの希望ヶ峰学園には。
 そしてそんな人間が、俺のクラスにもごろごろ居る訳で――。
 抜き打ちテスト――高校生向けの簡単なやつ――をさせられた同級生の半数は、返ってきた答案用紙を見て顔面蒼白になっている。
 因みに俺は満点だ。さっさと書き終わって、誤字脱字がないか三回も見直したからな。当然の結果である。

「――あ、あはは。こんな勉強出来なくっても、僕には料理があるし」

 そう言って自分で自分を慰めているのは、料理人としての才能により入学してきた花村だった。
 確かにこの希望ヶ峰学園は才能を伸ばせば、ある程度教養に欠けていても学年は上がる――が、卒業は許されない。
 希望ヶ峰学園は、優秀な人間しか輩出しない。そういう商標なのだ、この学園は。故に、ある程度の教養がなければ――この学園を卒業することは出来ない。
 これは学園からの入学許可証と共に同封されていた、希望ヶ峰学園の概要――百十五頁に記されていた内容だ。俺は何度も読んだのだ、内容に間違いはない。
 つまり――料理が出来るだけでは卒業出来ないのだよ、花村。現実を見ろ。

「っていうかこれ、難し過ぎなんだよ! じゃなきゃあたしがこんな、こんな点取る筈ないもん!」

 半泣きになりながら叫んでいるのは、日本舞踊家として入学してきた西園寺だ。あの様子から察するに、どうやらかなり酷い点数を取ってしまったようだ。
 普段から高慢で毒舌な彼女が、無様に惨めに泣き叫んでいるのは――見ていて胸がすかっとするなあ!
 えっ、俺の性格が悪い? ははは、今更だ。

「うう、こんな筈じゃあ――こんなんじゃ詐欺師としてやってけないよ」

 そう言って落ち込んでいるのは、詐欺師として入学してきた――十神白夜? である。
 名前がないらしく、現在は十神白夜という御曹司の姿を真似――している割には、本人よりかなりふくよかな体型だが――しているので、暫定的に十神白夜と明記する。
 にしても、彼はそんなに頭の悪い人間ではなかった筈だが。一体どんな点数を取ったのだろうか。
 気になりはするが、見せてと言える程に仲が良い訳じゃあない。それに、満点の俺がそのようなことをすれば――完全に嫌味だ。間違いなく嫌われる。
 平穏且つ勉学に勤しむ時間が欲しい俺は、好かれず嫌われずの絶妙な距離感を保っていたい訳で――不利益な諍いを生むようなことは、絶対にしたくないのである。


 ――扨。
 俺は返された答案用紙を丸め、それを思い切り握り締めた。
 こんな俺だが、機械弄りのお陰で握力や腕力は常人以上なのだ。全力で握り締めれば、林檎も爆発させられるくらいには力がある。
 なので――ほうら、答案用紙があっという間に紙の塊へ大変身。最早これを広げ戻すことは不可能に近い。
 何故こんなことをしたのか?
 それは――自分のキャラクターを維持する為と、余計なことに時間を割きたくないからである。
 現在の俺は、派手な身形と軽薄な振る舞いにより、よく居る「馬鹿な同級生」という立ち位置に在る。馬鹿扱いというのは不本意だが、無駄に干渉されないのでとても楽なのだ。
 それで、だ。そんな「馬鹿な同級生」が、テストで満点を取ったとなったらどうなる?
 現在の立ち位置が危ぶまれるどころか、あらぬ疑い――カンニング――を掛けられてしまう可能性もある。
 カンニングは俺にとって最大級のトラウマなので、もしそのようなことを言われでもしたら――発狂して解体してしまうかも知れない。何を解体するのかは敢えて言わないが。
 そして、二つ目の理由についてだ。もし俺が「勉強の出来る人間」と知られてしまったら、勉強を教えて――などと、誰かが言い寄って来るかも知れないからだ。
 可能性としては限りなく低いが、それでも万が一がある。
 誰かにものを教える時間すら惜しい俺にとっては、その万が一の可能性も見過ごす訳にはいかないのだ。
 以上が、答案用紙を紙の塊にした理由だ。質問は受け付けない。 ――なんて、脳内で説明をしている場合ではないか。
 俺は紙の塊をつなぎ服のポケットに入れ、席を立ち上げる。さっさとこの紙を隠滅しなければ――。

「おい、左右田よ」

 吃驚して、うえっという変な声が出た。
 頭だけ動かして後ろを見る。果してそこには――田中という飼育委員が、俺を睨み付けながら仁王立ちしていた。
 えっ、何事ですか?

「貴様――先程返された狂気と絶望の調べを圧殺し、その瘴気に染められた煌々たる黄衣の中に封印をしたな?」

 ――えっと。
 答案用紙を握り潰して、つなぎ服の中に隠したな? と言っているのか。
 相変わらず抽象的表現過多な物言いだ。解読に二秒を消費する。実に無駄な時間――って、えっ?
 ――こいつ、俺の行動を全部見ていたのか!
 油断した。まさか、まさか他人に無関心なこいつが――俺のことを見ていただなんて!

「左右田よ。貴様に秘められし叡智を見込んで、頼みがある」

 ――秘められし、叡智?
 おいおいまさかこいつ――俺の答案を、見た?
 ――拙い!

「田中、場所を変えよう」

 とにかく此処は、教室は駄目だ。皆が居る。
 おまけに、田中が俺に話し掛けるという珍しい状況により、皆が俺達に注目している。
 教室はそんなに広くないし、田中の声は無駄にでかくてよく通るので――さっきの発言も、確実に皆の耳に届いている筈だ。
 だがしかし、誰も俺に対して答案用紙のことを聞いてこないので――恐らく、田中の発言を理解した者は居ない。
 つまり、逃げるなら今なのだ。これ以上、田中が余計な発言をする前に!

「何故場所を変える必要が――」
「場所、変えような?」

 これ以上余計な発言をしたら解体するぞ――という意志を込めて睨んでやると、田中は口を閉じてぎこちなく首を縦に振った。




――――




「――さて田中。お前は一体何が目的だ? 俺を脅すつもりか? そのつもりなら、俺の対人コミュニケーション能力を駆使し、全力でお前を破滅へ導いてやるけど」
「何故そのような恐ろしいことをさらりと述べるのだ」

 貴様はやはり、魔界に生まれし邪悪の申し子だったのだな――と、貶しているのか褒めているのか判断に困る答えが返ってきた。直感だが多分、貶されている。

「邪悪だか何だか知らねえけど、お前よりは増しだ。勝手に人の答案用紙を盗み見やがって。悪趣味だぞ、覇王様」
「そ、それに関してはすまない。ふと貴様を見た時に、見えてしまったのだ」

 貴様は俺様の眼前に鎮座することを許された存在であるし――と、またしても解読必須な言葉が掛けられる。
 眼前、鎮座――ああ。田中の席の前が俺の席だから、前を見た時に見えてしまったということか?
 何てことだ。いつものように下を向いて、ハムスターと戯れていれば良かったものを!

「ああ。うん、判った。偶然見ちまったんだな? じゃあその件に関しては許してやる。だからお前も忘れろ。良いな?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 何だよ。許してやるって言っているんだぞ、この俺が。本当なら口封じ――内容は言わないが――してやっても良いくらいなんだぞ。

「待てって、一体何だよ。俺にはお前を待つ筋合いなんてねえぞ」
「そう言わずに聞いて欲しい、俺様の――覇王の願いを」

 願いだと? 何だよ願いって。
 やっぱり脅すつもりか? 従わなければ、皆にばらす気か?
 やはり口封じするしか――。

「お、おい貴様。その手に握られし凶悪な魔具を収めよ、いや収めてくださいお願いします!」

 思わず素が出る程に取り乱した田中が、俺の取り出したスパナを指差して喚いている。流石の覇王様も、俺が何をしようとしているのか判ったらしい。

「大丈夫、ちょっと頭殴るだけだから」
「大丈夫ではない!」
「大丈夫だって。ちょっと殴って、忘れさせるだけだから」
「いや、いやいやいや! 落ち着け、落ち着いてください! 死ぬ! 俺様死んじゃう!」

 キャラクター崩壊起こしてますよ覇王様。
 ああ、何だか殺る気――いや、やる気が削がれた。
 普段通りの高飛車な態度のままだったら、何の躊躇いもなく頭を叩き割ってやれたのに。

「――ああ、はいはい。判ったよ、殴るのは止めにしてやる」
「ありがとうございます!」

 ああ、崩壊したまま話を進めるのか。

「――で、お前の願いって何だよ。内容によっては殴るぞ」
「何故今日に限って、貴様はそんなに暴力的なのだ」

 これから先の、平穏で幸福な時間の為だからだよ。

「良いから、早く言え」
「はい。あのだな、その――」

 貴様に、勉強を教えて貰いたいです――と、いつもの様子からは想像が出来ない程に控えめな態度で、田中は言った。
 勉強を、教えて貰いたい?

「――却下」
「何だと! 何故だ」
「何故も何も、俺にそんな時間はない。第一に――勉強を教えてやる程の仲でもないだろ、俺達」
「ぐ、ぐぅっ」

 そう、こんな言い方は冷淡かも知れないが――此奴はただの同級生。勉強を教えてやる程の義理もなければ、恩義もない。
 つまり、無視しても何の問題はないのだ。
 不利益な諍いは生みたくないが――立場的には俺が有利だ。何せ此方は、頼まれている側なのだから。
 対人コミュニケーション能力も俺の方が圧倒的に上だし、もし此奴が同級生達に何かを言い触らしても、それを揉み消すことくらいは容易い筈だ。

「まあ、そういうことだ。勉強なら自分でも出来るだろ。頑張れよ」

 さあ、問題は解決した。さっさと教室に戻り、楽しい楽しい授業の準備をせねば――。

「――待ってくれ!」

 がしりと、田中に腕を掴まれた。確か此奴、毒手だか魔素だかで、他人に触れたら相手が死ぬとかいう設定じゃあなかったか?
 何だよおい、俺を殺すつもりなのか?

「おいおい、何だよ。殺すつもりか? お前の毒だか魔素だかが俺の身体を蝕んで、腐り落ちちまうだろうがよお」
「今は幾重にも施した結界により、その呪いは無効化されている!」

 おい、何だその餓鬼の言い訳みたいな設定は。
 バリア張ってたから今のなしな! などとほざく小学生並みの発想ではないか。

「ふざけんな。もう話は終わった筈だ、離せ」
「まだだ、まだ終わっていない!」

 終わっただろうがよ。

「しっつこいなあ。そんなんじゃあ女にもてねえぞ。俺が言えることじゃねえけど」
「俺様はそのようなことに興味はない!」

 俺様は、貴様に興味があるのだ――と、先程までの狼狽振りが嘘だったかのような真剣な表情で、田中は俺の目を見ながらそう言った。

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