誰だ。全く判らない。

「ううん、誰なんだよ其奴」
「そ、それは言えない」

 ――くっ、仕方ない。これ以上問い質しても無意味だ。左右田は結構強情なところがあるからな。

「じゃあ――誰かってのはもう良いから、何を相談したいのか言ってくれ」

 予定変更。
 大丈夫。ちゃんと気を付けてアドバイスすれば、さっきみたいなことにはならない筈だ。
 大体、さっきのは特殊すぎた。まさか田中があんな――なあ。

「えっ、とな」
「ああ」
「俺――彼奴を解体したいんだ」

 ――はいぃっ?

「えっ、ちょっ、左右田?」
「骨格を確かめながらばらばらに解体して、骨を一本々々抜き取って、内臓や肉は冷凍庫に保存して――彼奴の骨だけで骨格標本を作りたいくらい、好きが止まらないんだ」

 左右田は恍惚とした笑みを浮かべながら、やけに熱っぽい声色でそう囁いた。
 誰だ此奴。

「えっ、と――お前、左右田だよな?」
「左右田だよ。紛う方無き左右田和一だよ」

 いや、左右田の皮を被った何かだろこれ。

「――日向ぁっ。俺、どうしたら良いんだろう。別にな、彼奴を殺したいって訳じゃないんだ。でもな、彼奴が誰かと話してるだけでもむかつくし、俺を避けるのも悲しいし、そうなるとやっぱり――標本にしちまった方が良い気がするんだよ」

 良くねえよ馬鹿。

「い、いや。お、落ち着け左右田」
「俺は落ち着いてるよ」

 いや、落ち着いてないぞ。何だその目は。
 希望がどうのと演説をおっ始めた時の狛枝と同じ目になってるぞ。
 濁ったピンクの瞳がぐるぐるしてるぞ。めっちゃ怖いぞ。

「――と、とにかく、それは犯罪だ。駄目だ、解体は駄目だ」

 さっき田中にも同じようなこと言ったなあ。あはは、この島は犯罪者予備軍で溢れているぜ。

「何で?」

 何でじゃねえよ馬鹿。

「殺人は犯罪だろうが!」
「殺人? ちげえよ。彼奴の血や肉や内臓は俺の中で生き続け、骨はずっと、ずっとずっと――俺と一緒に暮らすんだよ。殺しなんかしねえ」

 ああ、母さん。助けてください。親友が怖いです。
 親友が解体中毒な上に骨格フェチでカニバリストでした。
 助けてください。本当に。

「なあ、日向。やっぱり俺、告白すべきなのかなあ」

 止めてあげてください。相手が死んでしまいます。

「――ええっと、因みにどんな告白をお考えで?」
「お前の骨で標本が作りたい」

 お前何処の世紀末出身者だよ。美と知略の星も真っ青だわ。

「駄目だ、左右田。そんな告白は――いや、根本的に間違えている!」
「何を?」

 駄目だ、言葉が通じない。いや、俺の思いが通じていない。
 でも、何とかして止めなければ。此奴は本気だ。本気で解体する気だ。
 田中は殺人をやらかす感じではなかったが――此奴は違う。絶対阻止しなければならない類の人間だ!

「――あのな、人は生き物だ。機械じゃないんだ。だから解体とかしたら駄目なんだよ」
「家畜は解体してるじゃねえか。あれも生き物だろ? それに俺はただ解体するんじゃない。ちゃんと肉は食べるし、骨だって綺麗に保存する。標本にしたいからな」
「いや、えっと――ほら、倫理的に問題あるし」
「倫理なんて、宗教や風習で様変りする曖昧模糊とした薄っぺらい価値観じゃねえか。そんなもん、俺の知ったことじゃねえ」

 何で田中も此奴も常識ってものが備わってないんだよおおおおおおおおっ!
 誰でも良い。誰か、誰か俺を助けてくれよおおおおおおおおっ!

「――左右、田」

 ふぇっ? その声は――。
 俺は声のした方を見た。そこには――ダイナーの出入りには、田中が立っていた。
 ぜえぜえと息を切らし、汗をだらだらかいている田中が。

「田中。お前、相手を探しに行ったんじゃ」
「ああ、だから――」
「――田中」

 田中が何かを言い掛けた瞬間、左右田がそれを遮るようにして声を上げ、ゆっくりと立ち上がった。
 左右田は俺を一瞥すらせず、田中をじっと凝視している。
 何だろう。とても嫌な予感がする。

「左右田、よ」

 田中がゆっくりと、だけどしっかりとした足取りで左右田に近付く。
 こちらから確認出来てしまった田中の瞳は――ぐるぐると渦を巻いた、赤と灰による混沌の濁流だった。ブルータス、お前もか。
 田中が左右田のすぐ傍に立つ。二人の距離は、ほぼ零に近い。というか近過ぎだろ。田中がちょっと屈めばキス出来るレベルだぞ、近過ぎるぞ!
 そして嫌な予感が更に湧き上がってきた。何だ、何が起こるというんだ。これ以上、何が――。

「左右田」

 凛とした田中の声が、ダイナーに響き渡った。もう息は切らしていない。
 田中は混沌の濁流と化した瞳で左右田を捉え、そして――。

「――俺様は、性別という障壁を打ち破り、そして――貴様を覇王の魔力により束縛し、魔素に満たされた我が領域に閉じ込め、それから二人きりで――ゆっくりと、俺様の愛と毒素を、貴様に注ぎ込んでやりたい」

 ――恍惚とした表情で、そう言った。
 はい?
 えっ、今の台詞。何かさっき聞いたような気がするんですけど――。

「田中ぁっ」

 俺が脳内バックログを遡っていると、誰だお前レベルに甘ったるい左右田の声が、俺の鼓膜にねっとり染み込んできた。
 こちらからは見えないが、多分左右田の瞳も混沌の濁流と化しているんだろうなあ――。

「――田中ぁっ。俺、お前の骨格を確かめながらばらばらに解体して、骨を一本々々抜き取って、内臓や肉は冷凍庫に保存して――お前の骨だけで骨格標本を作りたいくらい、お前が好きだ」

 ――うぇっ?
 うぇいうぇいうぇい?
 ちょっと待ってくれ、それもさっき聞いたような気がするんですけど。
 というか、あれ? あれあれあれ?
 何この空気。何だこの――甘ったるい空気は!
 えっ、犯罪予告しかしてないじゃないか。何でこんなにほんわかしてるの? ほんわかでルナティックなの?

「――ふはっ、ふははははっ! 何ということだ、俺様達は両想いだったのか!」
「こんなことってあるんだな。俺、お前に嫌われてんのかと思ってたのに」
「それは俺様もだ。いつも貴様は俺様に、噛み付かんばかりに暴言を吐いてきていたし」
「それは、照れ隠しで――っつうかお前、俺のこと避けてたのは何だよ」
「それは――傍に居るのが、て、照れ臭くてだな」
「――なあんだ。俺達、お互い恥ずかしがってただけなんだな」
「ふ、ふははっ! 羞恥とは時として誤解を生じさせる、厄介な感情だな!」

 あるえぇっ? 何か良い感じに纏まりつつあるんだけど。
 よく考えてみろよ。お前等、お互いにとんでもないこと言ったんだぞ。
 田中は拉致、監禁、性的暴行を臭わせる台詞を吐いたんだぞ。抽象的表現のお蔭で綺麗な感じに思えるけど、人としてアウトな発言しかしてないからな。
 左右田は殺人、解体、標本作りという、明らかにアウトな台詞を吐いたんだぞ。しかも此奴、冷凍保存したやつを食うつもりの、カニバリストでもあるんだぞ。
 お前等、本当にそれで良いのか。
 別に同性愛を否定する訳じゃないが、本当にそれで良いのか犯罪者予備軍達よ!

「田中、左右田。お前等――」
「日向よ」
「日向ぁっ」

 田中が俺を見、左右田が振り返って俺を見る。俺を見つめる二人の瞳は――うん、相変わらずのぐるぐるだった。

「――相談に乗ってくれてありがとうございました!」
「――相談に乗ってくれてありがとうな!」
「ああ、うん。どう致しまして」

 うん、もう良いや。
 きっと、これで良いのだ。
 だってほら、二人共幸せそうだし。
 両想いだなんて――素晴らしいじゃないか!
 喩えお互いの思想が危険極まりないものでもな。
 喩え、お互いの、思想が、危険、極まりない、ものでも、な。

「――たぁなぁかぁっ。浮気したら、もう二度と離れちまわないように、骨以外全っ部食べて、骨格標本にするからなぁっ」
「――ふっ、それはこちらの台詞だ。もし俺様以外に靡こうものなら、二度と外界へ出られぬよう四肢を切断し、俺様の支配する領域内で、永遠に魔力を注ぎ込んでやる」

 まるで愛を囁き合う恋人みたいだ――台詞以外は。
 台詞以外はな!
 零に近かった二人の距離は零になり、お互いを抱き締め合って見つめ合い――いつキスしやがるか判ったもんじゃない!
 ふざけやがって、犯罪者予備軍の癖に! 羨ま死ね! 俺も七海とらぶらぶしたい!
 ――ああもう! 精神衛生上、とても悪いぞこの光景!
 俺は二人にばれないよう席を立ち、こっそりひっそり外へ出て――全力疾走でダイナーから逃げた。
 もう知るか。知るものか。勝手にらぶらぶしてろ、お互いに束縛し合って悦に浸ってろ、そんで勝手に殺し合ってろ――ぶぁああああああああっかぁっ!
 ああ、目から汗が出るなんて、今日はいつもより暑いなあ!
 こんな日は、七海と一緒に公園で昼寝するのが一番だぁっ!
 泣いてない。俺は、泣いてない。
 泣いてない泣いてないと自分に言い聞かせながら俺は、七海を探すために島中を駆け摺り回るのだった。

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