「日向よ。俺様は地獄の業火に焼かれるが如き劣情と、混沌たる濁流に呑まれし情愛が葛藤し、我が毒素を孕みし魔槍で奴を貫き、四肢を噛み千切ってしまいたくなるような――そんな感情と、衝動に駆られている」

 俺様はどうすれば良い――と、俺の目の前で真剣な表情をしている――超高校級の飼育委員、田中眼蛇夢が言った。
 採集の終わったお昼時、俺達はダイナーというファーストフード店にやって来た。田中が、俺に話があると言って連れて来たのである。
 で、話を聞いた訳だが――何というか、とても返答に困る。抽象的表現が多過ぎて、どの部分に注目すれば良いのか、すぐに判らない。
 とりあえず情報を整理しようと考え、俺はテーブルに置いたコーラを掴み、ごくりと飲み干した。
 えっ、と。地獄の業火、焼かれる劣情、混沌の濁流、呑まれる情愛、そして葛藤、我が毒素、魔槍で奴を貫く、四肢を噛む、感情と衝動――何か余計で不穏な言葉もあったような気がするが、何となく判ったぞ!

「つまり田中は、誰かに恋してしまったんだな?」

 俺がずばり言い当てると、田中は首に巻いたストールを引っ張り上げ、顔を隠した。どうやら当たったらしい。
 にしても魔槍で貫くとか、下ネタにも程があるぞ田中よ。

「で、俺にそんなことを言ってきたってことは――相談したいってこと、だよな?」

 何故か俺は、この奇妙な修学旅行生活を送る内に皆から「超高校級の相談窓口」などと言われるようになってしまい――こうして度々、皆から相談を受けることがあるのだ。
 昨日はカレーにご飯を入れるべきか、ご飯にカレーを掛けるべきかとか、そんなことを澪田に相談された。
 今更だが、相談する程でもないと思うぞ澪田よ。

「その通りだ日向よ。俺様はこの――溢れんばかりの欲望を止めることが出来んのだ!」

 おおっ、田中がこれほどまでに取り乱すなんて。一体相手は誰なのだろうか。
 俺の予想では――ソニアかな。此奴と一番仲の良い女子は彼女しか居ない。というか彼女しか此奴に構っていない。
 他の女子は此奴の奇怪な言動に付いて行けず、希望の欠片目的の交流以外では敬遠気味だしな。
 確かに言動は変だが、此奴の中身は誰よりも優しい良い奴なのに。噛めば噛むほど味が出る――そんな男なのだ、田中眼蛇夢は。

「田中にしては珍しく感情剥き出しじゃないか。余程好きなんだな、その子のこと」
「笑止! 好きなどという次元ではない。俺様は奴を――愛しているのだ!」

 そう言って田中は爛々と色違いの目を光らせ、俺の顔にぐっと自分の顔を寄せた。近い! 主に顔が近い!

「判った、判ったから離れろ! 怖いから!」
「――すまない、つい興奮して」

 俺の訴えを聞いた田中は、申し訳なさそうに俺から離れた。
 こんなに田中が興奮するなんて、これはかなり本気だぞ。こちらも本気で相談を受けなければ!
 妙な使命感を覚えた俺は、全力で田中を応援することに決めた。
 悲しいかな。やはり俺は、超高校級の相談窓口かも知れない。

「田中、そんなにも相手を愛しているなら――告白してみるべきじゃないか?」

 相手はソニアだ。彼女も田中に好意的だし、きっと上手くいく。
 ソニアのことが好きな左右田には悪いが――すまない。
 左右田、お前なら他に良い子が見付かるって。何だかんだでお前は良い奴なんだから、その良さを見てくれる子がきっと――。

「告白、か。しかし俺様と奴の間には、大いなる障壁が立ち塞がっているのだ」

 ――ん? 障壁? 何だ? 身分の違いってことだろうか。
 でも確かソニアの国では、マカンゴかマタンゴがどうのこうので、身分云々は重要そうじゃなかったような気がするんだけど。
 へえ。田中も意外とそういうことを気にするんだな、普段偉そうなのに。

「そんなの気にすることないって。壁なんてぶち壊せば良いじゃないか。覇王なんだろ?」
「――ふはっ! 面白いことを言うではないか、流石俺様が認めた特異点。良いセンスだ」

 どうやら今の発言は正解だったようだ。多分、後押しが欲しかったんだろうな。

「だが日向よ。障壁を打ち破るのは容易くとも、奴を俺様のものにするのは――容易くないのだ」

 ――えっ?
 何でだよ、一番楽だろ。両想いなんだから。
 はっ、まさか――。
 ソニアは田中以外の誰かが好き、なのか?
 有り得る。確かに彼女は田中によく構っていたが――よく考えたら彼女は、他の男子にも構っていた。俺も含めて。
 多数の男を手玉に取るとか、そういう悪い意味ではない。彼女は普通の高校生に憧れているので、普通の高校生として同級生と戯れていただけなのだ。
 それを証拠に、彼女は女子にもよく構っていた。男だけに寄っていた訳ではないのだ。
 だがしかし――田中以外の誰か? そんなに仲良さそうな奴、居たかな。左右田は論外だが。
 ううん――。

「容易くないって、具体的にどういうことだよ」
「奴は――俺様に敵意を抱いている」
「――ふぁっ?」

 ちょっ、ちょっと待て。ちょっと待て。えっ、敵意? ソニアが敵意――いや、待つんだ日向創よ。
 俺はもしかして、根本的なところを勘違いしていたのではないだろうか。
 田中の好きな相手はソニアだと確定していたが――それ自体が誤りだったのではないか?

「――なあ、田中」
「何だ」
「お前の好きな相手ってさ、ソニアか?」
「――はあ?」

 あっ、違うわ。何言ってんだ此奴って顔してるもん。違うわ、ソニアじゃなかったわ。

「ご、ごめん。ちょっとした確認だ」
「そうか」

 やっべえ。まじやっべえ。
 いや、えっ、どうしよう。根本的な勘違いをしたままアドバイスしちゃったよ。
 じゃあ障壁ってなんだよ、身分云々じゃなかったのか。ぶち壊せなんて言っちゃったけど、もしかして壊したら拙いものなんじゃないのか?
 うわあ、どうしよう――。

「――日向よ」
「ふぁっ? え、あ、はい?」

 内心混乱している俺に、田中がやけに吹っ切れた――いや、何かを決心したかのような様子で呟いた。

「貴様は先程、障壁を壊せと言ったな」
「え、あ、はい」

 言っちゃいました。

「その助言により――今、俺様に天啓が下った」

 覇王様にも天啓って下るものなのか。

「へえ、どんな?」
「障壁を打ち破り、そして――奴を覇王の魔力により束縛し、魔素に満たされた我が領域に閉じ込め、それから二人きりで――ゆっくりと、俺様の愛と毒素を注ぎ込むのだ」

 あかんそれ犯罪や。

「おい、田中。落ち着け、それは犯罪だ!」
「犯罪? ふはっ! 俺様は人間社会の秩序などに縛られん! 俺様は俺様のしたいことを、高慢に! 不敵に! 大胆に! 全身全霊を込めて行うだけだ!」

 あかんわこの子。

「日向よ、ありがとうございます! 貴様のお陰で踏ん切りが付きました!」

 付いたらあかん、戻ってこい。

「い、いや、ちょっと待てよ田中――」
「去らばだ日向! 俺様は今から奴を拐かしてくる!」

 だから犯罪だってば覇王様ああああああああっ!
 俺は意気揚々と走り去る田中の後ろ姿を見送り――盛大に溜め息を吐いた。
 もう知らん。勝手に自爆してしまえ。あわよくば返り討ちにでも遭ってしまえ。

「はあ、疲れ――」
「――なあ、日向」
「うぉわっ!」

 吃驚した! 吃驚した!
 誰も来ないと思っていたのに、音も立てずに入って来た此奴に話し掛けられて吃驚した! 説明口調な自分にも吃驚した!

「な、何だよ――左右田か」
「何だとは何だよ、酷えな日向」

 まあ良いけどよ――と言いながら、左右田は俺の座っている席の前――つまり向かい側に座り込んだ。
 その手にはこの店の――ダイナーに置いてあるハンバーガーとコーラが乗ったトレイがあった。どうやら今から昼食らしい。
 というかいつ、それらをトレイに乗せたんだ。俺に話し掛ける前か? そんな気配も音もなかったぞ。
 此奴、もしかして――ジャパニーズニンジャか?
 んな訳ないか。

「昼食ついでって訳じゃないんだけどよお、こうして日向が偶然ダイナーに居たのも運命って言うか――とりあえず俺の相談に乗ってくれ」

 乗ってくれないか? ではなく乗ってくれ、か。どうやら俺には拒否権がないらしい。
 まあ、今日は暇だし。田中のせいで疲れはしたが、左右田の悩みくらいは聞けるだろう。
 どうせいつもと同じ、くだらない相談だろうし。余計な精神力は使わずに済む筈だ。

「判った。で、相談ってのは何だ?」
「ああ、その――俺、好きな奴が出来ちまってな」
「――ふぁっ?」

 おっと、驚きのあまり変な声が出た。
 えっ、と? 好きな奴が出来た?
 此奴も田中と同じ恋愛相談かよ。何奴も此奴も恋愛恋愛って、俺なんか七海とまだ手も繋げていないというのに!
 ――っと、私情に駆られている場所じゃないな。忘れよう。
 というか左右田よ。お前はソニアが好きなんじゃなかったのか?
 今まで俺は何回か、左右田からソニア関係の相談を受けた筈だ。だから此奴が俺に『好きな奴が出来ちまって』と言うことは、つまり――。

「ソニア以外の、か?」
「ああ」

 やっぱりそういうことか。

「お前、あんなにソニアソニアって言ってた癖に。一体どういう心変わりだ」
「いやあ、確かにソニアさんのことは好きなんだけど――」

 好きの種類が違うってことに気付いちまってよお――と言いながら、左右田はコーラを軽く呷った。

「好きの種類?」
「何つうか、ソニアさんへの好きは――ほら、アイドルとかに対する好き、みたいな。付き合いたいとか、傍に居て欲しいとかじゃなくて、ただ見ていたいだけっていうか。端的に説明すると――憧憬に近い好意ってことだ」
「はあ」

 憧憬に近い好意、か。
 確かに、今まで聞いてきた此奴の相談内容は、付き合いたいって感じじゃなかったしな。
 アイドルに対してきゃあきゃあ騒いでいる女子の話を一方的に聞かされる――みたいな、相談とも言えない拷問ばかりだったし。

「ふうん。まあ、ソニアへの気持ちが恋愛じゃなかったのは解った。で、その――好きになった相手ってのは誰なんだよ?」

 俺は同じ轍を踏まない。
 さっき対象を勘違いしたせいで、とんでもないことになってしまったからな。今度はちゃんと聞かなければ。

「あ、相手?」
「ああ」
「えっ――言うの――は、恥ずかしい」

 ええっ――。
 そんな、顔を真っ赤にしてもじもじすんなよ。こっちまで恥ずかしくなってくるだろうが。
 というか、これじゃあ人物特定できないじゃないか。

「――ヒント、せめてヒントをくれ!」
「ひ、ヒント? ええっと――相手は、俺のことが嫌いっぽい」

 ええっ――。
 田中と同じ状態じゃないですか、やだぁっ。
 にしても――嫌いっぽいか。左右田は確かに喧しいしよく泣くしびびりだが、嫌われるような人間じゃない。
 顔は凶悪だが、笑うと愛嬌があって可愛いし。
 いや、可愛いと表現したことに深い意味はないぞ。ないってば。

「本当に嫌われてるのか?」
「多分。近付いても避けられるし」

 左右田を避ける? ううん、今まで皆を観察してきたが――左右田を避けているような女子なんて居たかな。
 西園寺も、何だかんだで左右田を気に入ってるみたいだし。小泉は言わずもがな、左右田のつなぎ服をよくひん剥いている。
 罪木だってびくびくしてはいるが、左右田を避けてはいない。というか彼奴は、誰に対してもびくびくしている。
 澪田は避けるどころか左右田に噛み付いたりしているし、終里は避けるなんて弱虫みたいなことはせずに殴る筈だ。同じ理由で辺古山も除外、彼奴は避けるより叩き斬る派だ。
 で、ソニアも除外して――あとは七海か。俺の天使。彼女が左右田を避けるなんて酷いことをする筈がない。という訳で除外――って、あれ?
 おかしいな。該当者が居ないぞ。
 もしかして――俺の知らないところで左右田は虐め――じゃなかった、避けられているのか?

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