絶望に絶望しましたB

 どうやら御曹司様は素直じゃないらしい。

「ところで左右田っち、そのお姫様抱っこしてるのは――何だべ?」

 葉隠が私の持つ――シーツを巻いたものを指差した。
 何か? そんなの決まっているではないか。

「彼です」
「か、れ?」
「左右田和一です」

 ふぁっ――という葉隠の、悲鳴にも似た絶叫が辺りに響き渡る。

「お、おまっ、それ死体なんか! ちょっ、嫌だべ! そんなん車に乗せたくねえべ!」
「大丈夫です、腐臭などは一切しませんので」
「そっか、なら良い――訳ねえべ! 気分的に嫌だべ!」

 なかなか良いノリツッコミだ。昔の自分を思い出す。

「彼と一緒でないのなら、私は貴方達に付いて行きません」
「ちょっ――苗木っち! 何とかして欲しいべ!」
「ごめんね葉隠君、我慢して」
「まさかの苗木っち公認だべか! どう足掻いても拒否不可能だべ!」

 俺の車は霊柩車でも寝台車でもないべ――と嘆きつつも、葉隠は近くに止まっていた車へ歩き出した。どうやらあのワゴン車が彼の車らしい。

「おい貴様」

 葉隠の哀愁漂う後ろ姿を見ていると、十神が私に話し掛けてきた。やけに威圧的な物言いだ。

「苗木の頬が切れているようだが――何かしたのか」

 ――ああ、成る程。

「すみません、ちょっと斬り裂いてしまいました」
「そうか」

 刹那。銃声が鳴り響き、私の頭にとんでもない衝撃が疾った。

「なっ――十神君、何してるの!」

 十神の凶行に驚いた苗木は――拳銃を私に向けたままの――十神に構わず私に近寄り、私の頭を見つめた。

「あ、頭、大丈夫?」

 何故だろうか、とても失礼な質問に思える。

「大丈夫ですよ」
「いや、額に穴が空いてるんだけど。向こう側が見えるんだけど」
「大丈夫ですよ、頭は飾りです」
「そ、そうなの?」
「そうです」

 それよりも早く行きましょう――と言って、私は葉隠の元へと歩を進めた。
 歩みを止めず、首だけ動かして十神を見る。彼は既に拳銃を仕舞っていたが――射殺さんばかりに私を睨んでいた。
 どうやら私は、御曹司様の逆鱗に触れてしまったらしい。
 ――もう、苗木に危害は加えないようにしよう。
 これ以上風穴を空けられると修理が大変だ――と他人事のように思いながら、私は葉隠の車に彼を乗せ、己の額に空いた穴を指でそっと撫でた。

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