とある人間――俺様が特異点と認めた魂の伴侶――が言った。

「希望の欠片をコンプリートしたら、その相手から何故かパンツが貰えるんだ」

 ――と。




――――




 俺様は雑種――魂の半身、予定――と交流を深め、希望の欠片をコンプリートしようと思っている。
 この流れで解るだろう、察せ。俺様が何を求め、欲しているのかを。察せ。
 下劣で下等な欲望と自覚してはいるが、人の身に堕ちてしまったが故に、この衝動に抗うことは不可能なのだ。喩え覇王であってもだ。これは仕方がないことなのである。
 それにだ、何もパンツだけが集める動機という訳ではない。全員分の希望の欠片を集めなければ、この閉鎖空間――南国の島――から脱出することは出来ないのだ。
 故に、希望の欠片を集めるという行為は至極当然のことであり、常識的にも倫理的にも何の問題はないのである。
 嗚呼、何と素晴らしい免罪符――いやいや、素晴らしい動機だろうか。合法的にパンツ――いやいや、仲良くなることが出来るだなんて!
 因みに俺様は、パンツが好きな変態という訳ではない。好きな相手のパンツが欲しいだけである。変態ではないのだ。勘違いして貰っては困る。
 故に俺様は、雑種以外のパンツには興味などない。狙うは雑種一択。
 制圧せし氷の覇王から逃れられると思うなよ。




――――




 対人コミュニケーション能力が著しく低い俺様にとって、この半強制的な交流の場は、ある意味有り難い環境とも云える。
 特に理由や用事がなくとも、思い付かなくとも、話し掛けることが可能なのだから!
 それは何故か? 先程も述べたように、交流によって希望の欠片を集めなければ、この島から出ることが叶わないからだ。
 つまり! 嫌でも交流を深めなければならない訳で、相手も同じ条件な訳だ。
 余程の用事があるか、余程嫌われていない限り、共に時間を過ごすことも容易く、無視されることも皆無に等しいのである。
 嗚呼、何と素晴らしい閉鎖空間だろうか! 一生此処に居ても良い! いや、やはりそれは嫌だな。此処には愛すべき魔獣達があまり居ない。家畜はいるが、家畜はあまり好きじゃないのだ。


 ――と、話が逸れてしまった。脳内世界へ逃避してしまうのは、俺様の悪い癖だ。
 今は逃走より、闘争である。愛しい雑種と交流を深めるための、闘争である。
 日々、モブだのチキンだのと軽んじられている雑種――人間名、左右田――だが、手先の器用さと明るく賑やかな性状故に、物品の修理を頼まれたり、共に時間を過ごすようにチケット――お出かけチケットという名で、渡されると半強制的に、共に時間を過ごさなければならないという素晴らしい魔具――を渡されたりと、地味に皆からの人気がある。
 因みに特異点――人間名、日向――は一番人気で、毎日誰かと自由時間を過ごしている。人気者は大変である。
 俺様は沈黙と無関心が大好きなので、特異点と雌猫――人間名、ソニア――以外からチケットを渡されたことはまだない。泣いてなどいない。泣いてなどいないのだ。覇王は泣かない。動物系と恐怖系以外では。
 それにまだなだけであり、今後誘われる可能性だってあるのだ。
 修学旅行という名の、強制労働と強制交流を強いるこの旅行は、まだ始まって一週間も経っていない。
 そう、まだまだ時間はあるのだ。俺様にだって誘われる可能性は――と、また話が逸れてしまった。いかんいかん。

「おい、採集時間終わったぞ」

 頭を振って現実世界に戻ってきた俺様に、とある男の声が降り注ぐ。声のした方へ目を向けると、そこには――愛しい雑種の姿があった。


 そう! 実は俺様と雑種は強制労働という名のアイテム採集を同じ場所でしていた訳で、俺様は脳内世界に引き籠もって精神の安定を図りつつ、身体はちゃんと動かして素材を集めていた訳なのだ。
 しかも二人きり。邪魔をする無粋な輩も何もいなかった。が、奥手な俺様は大した行動をすることが出来ず、脳内世界に引き籠もっていたのである。
 つまり、始終無言でお互い作業をしていた訳で――何となく、気拙い。自業自得ではあるが、とても気拙い。今更べらべらと話し掛けるのも不自然だ。採集はもう、終わってしまったのだから。
 嗚呼、俺様の馬鹿。
 折角、採集場所のシフト管理をしている特異点に頼んで、雑種と同じ場所にして貰ったというのに――何も出来ずに終わってしまった。
 我ながら情けない結果である。穴があったら入りたい。

「集めた素材、さっさと持って帰るぞ」

 心なしか、雑種の言葉に棘を感じる。やはり始終無言は駄目だったか。
 ただでさえ雑種は、雌猫関係で俺様に対して敵対心を抱いている。雌猫は俺様の飼っている破壊神暗黒四天王――ハムスターのこと――が目的なだけであり、雑種が考えているような関係ではないのだが、どうも認識に食い違いがあるようだ。
 俺様が愛して止まないのは雑種、貴様のことだと云うのに!

「先に行くからな」

 帰る準備を終えた雑種は、俺様を一瞥することなく、さっさと歩いて行ってしまった。
 ずきり、と胸が痛む。行かないでくれ、傍に居てくれと言いたいのに、声帯がしっかりと機能しない。
 結局俺様は、雑種の後ろ姿を見送ってから、漸く帰る準備をし始めた。




――――




 採集が終わり、各自自由時間を満喫している中、俺様は一人――正確には一人と四匹――で自分のコテージに引き籠もっていた。
 右手には握り締められた一枚のチケット。修学旅行が始まった時、ウサミという魔獣擬きから渡されたチケットだ。
 希望の欠片を集めるために何枚かは消費しているが、この一枚だけはずっと手元に残してある。
 ぐしゃぐしゃにしてしまったから使いにくい、という訳ではない。
 このチケットは――雑種を誘おうと決意し、そして挫折し、ひたすらに握り締めた因縁のチケットだからだ。


 一目惚れだった。
 何故男に一目惚れしてしまったのか解らないが、してしまったものは仕方がない。そう開き直った俺様は、雑種にチケットを使おうとした。
 だが、出来なかった。勇気がなかったからだ。俺様も雑種も男、叶う恋ではない。拒絶される恐怖が、俺様にチケットを使うことを躊躇わせたのだ。
 そして現在まで、俺様は雑種に一回もチケットを使ったことがない。使われたことも、ない。
 雑種との希望の欠片は、修学旅行初日の自己紹介で得られた一つだけしかない。
 パンツが得られるという甘美な誘惑を受けても尚、俺様は一歩も踏み出すことが出来ていないのである。
 欲望よりも強大な恐怖が、俺様を何度も何度も苛み、その鬱憤がチケットに向けられ、ぐしゃぐしゃに握り締められる。何度も握り締めたせいで、最早チケットか紙屑かも解らない。
 破壊神暗黒四天王達が、心配そうに俺様の顔を見ている。大丈夫だ、とはにかんでみせるが、本当は大丈夫ではない。今にも狂ってしまいそうなくらい、悲しくて辛い。
 いっそ嫌いになれれば良いのにと思うが、雑種はそれを許してくれない。毎日顔を見るだけで、俺様の心臓は鼓動を速め、幸福感で息が詰まりそうになるのだ。
 嫌いになど、なれる筈がない。寧ろ毎日、どんどん好きになっている。この気持ちは止められない、止まらないのだ。
 せめて俺様に特異点のような社交性が一欠片でもあれば、現状はまた違っていたのかも知れない。
 無いもの強請りなど恥ずべき行為だが、今の俺様は強請らずにはいられなかった。
 ぎゅっとチケットを握り締める。益々紙屑に近付いたチケットを見、大きく溜め息を吐いた――その瞬間、コテージの扉がどんっと音を立てた。
 思わず肩をびくりと震わせ、緩慢な動作で扉へ視線を向ける。吃驚した。誰だろうか。恐る恐る扉へ近付き、声を掛ける。

「誰だ」

 そう言ってみたは良いものの、返事はない。誰だ。何だかとても不安だ。今の俺様は、不安定な精神状態なのだ。いつもなら不敵に高慢に振る舞って扉を開けられるのだが、今は無理だ。
 だがしかし、このまま放置して、引き籠もりを続行する程の度胸も図太さもない。

「だ、誰だと聞いている」

 もう一度、声を掛ける。先程よりも弱々しい、我ながら情けない声が出た。
 暫時、無言。もしかしたら気のせいだったのかも知れない。そうだ、そうに違いないと自分に言い聞かせ始めた――その時、声が返ってきた。

「俺だよ、俺」

 ぐうっ、と変な声が出そうになり、何とかそれを飲み込む。吃驚した。先程とも違う意味で吃驚した。
 その声を、俺様が聞き間違える筈がない。それは愛しくも憎たらしい、雑種の声だったのだから。

「何の、用だ」

 歓喜のあまり、扉を開けて抱き締めてやりたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えて扉越しに話し掛ける。

「何の用って、そんなの決まってんだろ。とりあえず開けろ、話はそれからだ」

 開けろと言われても、開けると俺様は何をしでかしてしまうか解らないのだが――そんなことが雑種に伝わる筈もなく、苛立たしげに扉を再び叩いてきた。

「良いから開けろって。開けないなら扉の鍵、解体しちまうぞ」
「な、なっ――」

 それは困る!
 解体されるのはまだ良いが、その後に車や飛行機に変身させられでもしたら――これから先、コテージに引き籠もれなくなってしまうではないか。鍵がない部屋など、引き籠もる価値もない。

「解った、解った。我が城の結界を解除してやる。だから解体するのは止めてくれ」
「解りゃあ良いんだよ、解りゃあ」

 覇王の理性よ、保ってくれ――と念じながら、俺様は扉を開けた。果してそこには、雑種がいた。
 相手を射殺さんとする鋭い目付き。薄桃色の唇から覗く、爬虫類を思わせる長い舌と、肉食獣のそれと大差ない鋭利な歯。人工的に染め上げられた躑躅色の髪が揺れ、同じ色をした瞳が俺様を射抜くように見つめる。

「中、入るぞ」
「あっ、はい」

 見つめ合うと、素直にお喋りできない。などという言葉が脳裏を駆け巡った。くだらない現実逃避である。
 脳内世界へ逃げようと必死にくだらないことを考えていると、雑種は俺様の部屋を見回し、何も置いていない床へ勝手に座り込んだ。

「座るぞ」
「あ、ああ」

 座ってから座るぞ、はないだろう。などという突っ込みすら出来ず、部屋の主である筈の俺様は、木のように突っ立って雑種を見下ろしている。
 俺様の視線に気付いたのか、雑種は居心地が悪そうに身動ぎ、お前も座れよと言った。それを無視する訳にもいかず、俺様は言われるままに床へ座り込んだ。
 この島は常夏である筈なのに、床が妙に冷たく感じた。

「なあ」

 座り込んで暫くすると、雑種が声を掛けてきた。雑種の真意も解らない今、どうしたものかと悩んでいたが、とりあえず返事をすることにした。

「何だ」
「何つうかさ、お前、ちゃんと希望の欠片とか集めてんの?」

 希望の欠片、だと?
 突然やってきて、何か深刻な用事でもあるのかと思い、覚悟を決めていたのだが――少し拍子抜けした。

「希望の欠片か。それなら上々だ。日向のは既に欠片を集め終え、雌猫のはもうすぐ――」

 集め終わる――と言い掛けて、しまったと内心頭を抱えた。雌猫を好いている雑種にそのようなことを言えば、また口論になるではないか。俺様は阿呆なのか。何故学習しないのか、この頭は。
 拙い、非常に拙いと脳内カタストロフィーに陥っていると、雑種はそっか、とだけ言って目を伏せた。

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