冒涜的羊達の日常

 世界の何処かに在る山の、名状し難い冒涜的な牧場。そんな牧場には、名状し難い冒涜的な羊達が暮らしています。
 今日はそんな冒涜的羊達の日常を見てみましょう。

「餌、美味イ、餌」

 ばりばりぐちゃぐちゃと悍ましい音を立てながら骨を砕き、血肉を貪っているのはソウヒツジです。
 ソウヒツジのお昼御飯になっているのは羊ですが、この牧場で飼われているのとは違う極々普通の羊なので安心です。冒涜的共食いはよくありませんからね。

「――メメェェェン」

 ソウヒツジが鳴きました。どうやら羊を食べ終わったようです。羊だったものの残骸が地面に飛散しています。悲惨ですね。
 ソウヒツジの口の周りは血塗れで、自慢の白いもふもふな体毛も赤黒いです。頭髪にも血が付いているようですが、色が似ていてよく判りませんね。

「マトン、美味」

 ソウヒツジが長い舌で血を舐め取り始めました。本当に長いです、まるで蛇みたいです。
 暫く舐めていると、付着していた血はすっかり取れました。凄いですね。

「散歩、散歩」

 ご機嫌な様子でソウヒツジが歩いています。てちてちという足音が聞こえます。下は土なのに何故「てちてち」と鳴るのでしょうか、謎ですね。

「タヒツジ」

 ソウヒツジがタヒツジを見付けたようです。突然駆け出して、タヒツジに頭突きをぶちかましました。タヒツジが吹っ飛んでいきましたね、大丈夫でしょうか。

「イ、痛イ」

 大丈夫なようです。涙目ではありますが、怪我らしきものはありません。
 地面に転がっているタヒツジに、ソウヒツジが近付いていきます。何をする気でしょうか。わくわくしますね。

「タヒツジ、モフモフ」

 ソウヒツジがタヒツジのもふもふに頭を突っ込みました。端から見ると捕食しているように見えますが、もふもふをもふもふしているだけのようです。

「止メロ雑種。俺様ノ気高キ魔術繊維ヲモフモフスルナ」

 なんて言っているタヒツジですが、結構嬉しそうです。もふもふされるのが好きなんですね。

「モフモフ、タヒツジモフモフ」

 ソウヒツジは夢中でタヒツジをもふもふしています。楽しそうです。

「オ、俺様モ、モフモフ」

 タヒツジもソウヒツジをもふもふし始めました。お互いの身体に頭を突っ込んでいて、とてもシュールです。
 ――おや? 向こうから何かが走ってきます。あれはヒツジナタですね。

「ソウヒツジィッ!」

 ヒツジナタがソウヒツジに飛び掛かりました。そのままソウヒツジに伸し掛かり、これでもかと言わんばかりにソウヒツジをもふもふし始めました。

「ヒツジナタ、重イ」

 ソウヒツジが文句を言いますが、ヒツジナタはソウヒツジに伸し掛かったままもふもふしています。
 タヒツジもさっきまでヒツジナタの襲来に驚いて固まっていましたが、またソウヒツジをもふもふしています。もふもふがゲシュタルト崩壊しそうですね。

「俺達、ソウルフレンド。イツモ一緒、モフモフ!」

 ヒツジナタは何が言いたいのかよく判りませんね。
 ん? 向こうからまた何かが来ますね。あの頭髪も体毛も白いもふもふな羊はヒツジエダです。全体的に白くて顔が何処にあるのか判りませんね。

「ワァ、希望ガ満チ溢レテイルネ!」

 ヒツジエダが嬉しそうに三匹に近付いていきます。もふもふの塊と化している三匹の何処から希望が満ち溢れているのか判りませんが、ヒツジエダはとてもはしゃいでいます。無邪気で可愛いですね。

「希望、希望」

 奇妙なリズムで「希望」と口遊みながら、ヒツジエダがヒツジナタの上によじ登り始めました。

「重イ」

 ソウヒツジが文句を言っています。ヒツジナタの下にはソウヒツジが居るので、ヒツジエダとヒツジナタの重みがソウヒツジに掛かっていることになります。確かにこれは重そうですね。
 しかしヒツジエダは登ることを止めません。

「希望ノ天辺! 希望ォォォッ、希望ォォォッ」

 ヒツジナタの上に乗ったヒツジエダが、鼓膜を舐め上げるような粘着質な声色で鳴き始めました。聞いているだけで背部と臀部が痒くなってきます。
 おや、そんな三匹を見ていたタヒツジが動き出しましたね。何をする気でしょうか。

「俺様コソ天辺ニ相応シイ」

 何とタヒツジが積み重なっている三匹の上によじ登り始めました。一番下のソウヒツジは大丈夫でしょうか。

「重イ」

 大丈夫そうではありませんね。脚がぷるぷる震えています。今にも潰れてしまいそうです。
 しかしそれでもタヒツジはよじ登っています。

「覇王降臨! フハハハハッ」

 もふもふ山の天辺に辿り着いたタヒツジは上機嫌です。けれど一番下のソウヒツジは辛そうです。無表情なので何を考えているのか判りませんが。

「重イ、重イ」

 おや、ソウヒツジが歩き始めました。三匹も乗せて歩き始めましたよ。歩みは遅いですが、それでもしっかりと地を踏み締めて「てちってちっ」と足音を鳴らしています。一体何処へ行く気でしょうか。

「重イ、重イ」

 どうやらソウヒツジは崖へ向かっているようです。何をするつもりなのでしょう。

「重イ、廃棄、サヨウナラ」

 何とソウヒツジは三匹をこの断崖絶壁から捨てるつもりのようです。このままだと三匹は崖から転げ落ちてしまい、運が悪ければ掠り傷を負ってしまうことでしょう。大変です。
 そして今正にソウヒツジが三匹を振り落とそうとした――その時、向こうから誰かが走ってきました。あれは人間の男性ですね。

「おいこら馬鹿羊! 何しようとしてんだ馬鹿!」

 この男性は牧場主であり、冒涜的羊達の飼い主です。とても口が悪いですね。

「馬鹿羊、違ウ、ソウヒツジ」
「うっせえ馬鹿! お前また三匹を崖から捨てるつもりだっただろ! 止めろ! 助けに行く俺の身にもなれ!」
「重イ、廃棄」
「重いならその場で振り落とせば良いだろ! 勝手に乗られるのが嫌なら抵抗しろよ! あとお前等! 温和しく此奴に乗ってないで逃げろよ! 崖から落とされる前に逃げろ!」
「ソウルフレンド、好キ、逃ゲタクナイ」
「希望ガ満チ溢レテイルカラ、ツイ」
「俺様ハ不死身ダカラ」
「助けに行く俺が大変なんだよ!」

 飼い主さんも色々苦労しているようですね。口が悪くなっても仕方ないのかも知れません。

「はぁ――お前等、今日の晩飯抜きな」

 怒った飼い主さんが四匹に死刑宣告を叩き付けました。四匹は焦っています。
 この山は草が殆ど生えていない岩山なので、飼い主さんからの供給が無いと何も食べられません。特にソウヒツジは肉食の気があるので、肉でないと満足出来ません。
 何故こんなところに牧場があるか? それは冒涜的羊が危ない生物だからです。所謂隔離ですね。
 牧場向きの山は普通の生物用に使われていますし、こんなところで生きられるのは冒涜的羊くらいなので、必然的に劣悪な場所に追いやられるのです。
 扨、御飯が食べられないという絶体絶命の危機に瀕している四匹はどうするのでしょう。

「ソレハ違ウゾ! ソレハ違ウゾ!」
「僕ガ悪インダ、他ノ皆ニハ御飯ヲアゲテヨォ!」
「ゴメンナサイ! 俺様ガ悪カッタ!」
「ナラバ、オ前、丸齧リ」

 四匹は一斉に飼い主さんへ襲い掛かりました。飼い主さんはもふもふの下敷きになって藻掻いています。もふもふ塗れで手しか見えませんが、飼い主さんは大丈夫でしょうか。

「止めっ、お前等止めろっておい! 痛っ! おい齧るな馬鹿! 馬鹿ソウヒツジ!」
「アグアグ。馬鹿ソウヒツジ、違ウ、ソウヒツジ」
「あぐあぐ噛むな馬鹿!」
「ソウルフレンド、俺、齧レ! 俺、多分、美味シイ!」
「お前はドMか! 退け!」
「ハッ、コノモフモフ具合モ希望ガ満チ」
「溢れてねえから退けっつうの! 今度頭髪も刈り上げるぞ白綿羊!」
「俺様ノ魔力ヲ持ッテシテモ、コノ温モリニハ――グゥグゥ」
「寝るな、俺の上で寝るな。地面の上で寝ろ、おい」

 大丈夫そうですが大丈夫ではなさそうですね。癖の強い冒涜的羊達を一人で相手にするのはとても大変なのです。冒涜的畜産業が未だに普及しないのはその所為でしょう。命の危険もありますからね。
 しかしそれも含めて、冒涜的畜産業は遣り甲斐のある産業だと言われています。毎日がスリルとショックとサスペンス、見えない力を頼りに営んでいくのです。楽しそうですね。

「楽しくねぇよ」

 ――び、吃驚しました。飼い主さんは此方の存在に気付いたのでしょうか。一先ず撤退しましょう。




――――




 夕方です。よし、飼い主さんは居ませんね。再び冒涜的羊達の観察を始めましょう。
 どうやら羊達は夕食に有り付けたようです。皆仲良く草を食べています。ソウヒツジが草を食べるなんて珍しいですね。

「不味イ、シカシ、栄養」

 ソウヒツジなりに自身の体調を考えているのでしょうか。肉ばかりだと栄養が偏りますからね。

「草餅、食ベタイ、草餅」

 ヒツジナタが草を食べながら草餅を所望しています。余程草餅が好きなんですね。

「希望ダヨォ、希望ノ御飯ダヨォ」

 ヒツジエダは相変わらずですね。

「俺様ハ孤独ト静寂ヲ愛シテイルノダ。食事中ハ騒グナ」

 タヒツジは良い子ですね。基本的にタヒツジは良識のある羊なので、人間寄りの振る舞いをします。厨二病を患っていること以外は比較的普通です。
 皆もタヒツジの注意を聞き入れ、騒ぐのを止めて御飯を食べています。もそもそと草を食む冒涜的羊は可愛いですね。
 おや、飼い主さんがやってきました。

「お前等、おやつだぞ」

 そう言って飼い主さんが羊達に何かをあげました。一体何をあげたのでしょう。

「コーラ! コーラ!」

 ソウヒツジはペットボトルのコーラを貰ったようです。鋭い牙で蓋を噛み砕いてコーラを飲んでいます。バイオレンスですね。

「草餅! アリガトウ!」

 ヒツジナタは念願のアイスソード――げふんげふん。念願の草餅を手に入れたようです。美味しそうに食べていますね。

「悪魔ノ顔ヲ象リシ緑ノ実!」

 タヒツジは貰った南瓜に齧り付いています。南瓜一つではしゃいでいるところが可愛いですね。

「希望ダヨォ、希望ォォォッ」

 ヒツジエダは――何でしょうかあれは。赤い食紅で「希望」と書かれたキャベツを嬉しそうに食べていますね。ヒツジエダは「希望」という言葉が付いていれば何でも良いのです。ちょろいですね。

「よし、お前等。食い終わったら小屋に帰って寝ろよ。呉々も脱走するなよソウヒツジ」
「俺、名指シ」
「お前が毎度々々脱走するからだろバーカ!」

 捨て台詞を吐いた飼い主さんが自宅へ帰っていきます。牧場の直ぐ近くに家があるのですね。羊達の世話はし易そうですが、麓まで行かないとスーパーが無いので買い物が大変そうです。
 と、そんなことはどうでも良いですね。観察しま――あれ? 羊達が居ません。何処へ行ったのでしょう。小屋に行ったのでしょうか。行ってみましょう。

「眠イ」

 ソウヒツジが居ました。あとの三匹も小屋に居ます。一応区画があるようで、各々自分の場所で寝転がっています。下には茣蓙が敷かれてあります。何だか羊小屋というより和室ですね。

「ヲヤスミ、ケダモノ」

 早速ソウヒツジが寝ようとしています。まだ日が沈んだばかりだというのに、お子様ですね。

「ソウヒツジ、ソウヒツジ」

 そんなソウヒツジにヒツジナタが寄り添い、ソウヒツジの顔をぺろぺろと舐め始めました。まだ寝るなということでしょうか。

「スケベシヨウヤァ」

 あっ、これは駄目なあれですね。というか先程まで片言だったのに、流暢に喋ってますねヒツジナタ。片言は演技なのでしょうか。

「止メロ」

 ソウヒツジがヒツジナタに牙を見せて威嚇しました。毛も逆立っていませんし、邪悪な波動も感じないので、本気の威嚇ではないようですが。

「ツンデレ、ソウヒツジ、ツンデレ」

 不屈の精神を持っているヒツジナタは、この程度の威嚇では怯みません。図太いです。

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