構ってちゃんの合図




「梅の花〜、一輪咲いても梅は梅〜」
「なっ…!」
「白牡丹〜月夜月夜に染めてほし〜」
「ちょ、おい総司っ!」
「はい?」
「テメェいつそれをっ!」
「いつって、もう何日も前ですけど?」
「まさか毎日声に出して詠んでたりしてたんじゃっ…」
「ん〜?」



ニッコリと、何も知らねぇ奴が見たら『屈託のない笑顔』と思うであろう笑顔を向けてきた
俺には真っ黒く見えるその笑顔
こういう顔を向ける時は大抵が放っておくとヤバイ事になるモンだ
仕方なく体を総司の方へ向け、小さくため息をついた



「ったく、なんなんだよさっきからテメーはよ」
「書状は終わったんでしょう?」
「まだ仕事は山ほどあんだよ」
「そんな焦んなくったって仕事は逃げませんよ」
「仕事は逃げねぇが時間がなくなんだろうが」



頭を肘を立てて支えた状態で横になったまま、笑いかけてくる総司
何がしてぇのかは分からねぇが、これは暫く解放してくれそうもない
やっと自分の方を向いた俺に満開したらしい総司は手にしていた句集をポイとなげ、
ゴロンと仰向けに横になり両手を俺の方へと伸ばしてくる
その手を軽く掴んでグイと引っ張り起こすと、その勢いのまま起き上がった総司は胡座をかいた膝の上に無遠慮に乗ってきた



「っ…おい総司っ」
「はい、土方さん」
「いい返事したって無駄だ、重てぇから降りろ」
「えぇー、こういう時は『軽すぎるからもっと食え』って、言うんですよ普通」
「重てぇから降りろ」
「ぶぅー…」



わざとらしく唇を尖らせて見せる総司
でもその表情はなんとなく楽しそうで、頬を緩めたままの状態で俺を見つめた
やがて俺の首元へと顔を埋めスリスリと擦り寄ってくる
猫のようなこの仕草は、決まって総司の機嫌がいい時にするモノだ
こういう所はいつまでたっても変わらない
こうされたら甘やかしちまう俺自身も

栗色の猫っ毛を軽く撫でてやると、ふふっと小さく笑い声が聞こえた



「土方さん、やっと構ってくれた」
「忙しいっつってんだろうが…ちょっとだけだからな」
「はーい」



コイツはこういう時ばっかりいい返事しやがる
抱きついてくる総司の背中に腕を回して、ポンポンと背中を叩く
本当にコイツは変わらねぇ
いつまでたっても餓鬼のままだ
変わったのは体がデカくなった所だけか
ったく図体ばっかデカくなりやがって
構ってやる俺の身にもなれってんだ



「土方さん」
「あ?なんだ」
「ちょっと位、休んだらどうです?」
「何言ってやがるんな暇ねぇよ」
「それくらい分かりますけど、皆心配してますよ」
「心配だぁ?」

「近藤さんは勿論、左之さんや平助、新八さん、山南さん、源さん、島田さん」
「…」

「あと一君に山崎君と一君に山崎君、一君に山崎」

「最後の三回は同じ奴等じゃねぇか」
「それ位心配してるって事ですよ、土方さん至上主義の二人は」



確かに最近あの二人からは特に視線を感じる
自分じゃ大して疲れは感じてねぇんだけどな
動ける時に動いておかねぇと機会を逃しちまうかもしんねぇ

そしてふとまだ出ていない名前を思い付いて総司を見つめた
抱きついてきていた体を離して、顔を覗き込む
少し眉を下げている顔が視界に入ってきて、一瞬息が止まった



「っ…まぁ、僕は心配なんてしてませんけどね」

「総司っ…」
「あの辺の仕事なら、僕達にだって出来ますよ」




視線が重なると、一度声を詰まらせてから何でもない様に言う
フイと逸らされた顔
ほんの少し目尻が赤くなっている

総司が指指した先に視線をやると、屯所の備品調達についての書類等、雑務に近いものが重なっていた



「僕だって、もう子供じゃないんですよ、土方さん」
「…」
「下の奴を上手く使うのが貴方の仕事でしょう?」 
「…はっ、餓鬼の癖に言ってくれるじゃねぇか」



ガシガシと髪を雑に撫でてやると、総司は少し不満げに眉を寄せた
だけど、直ぐに頬を緩めるとまた俺に抱きついて甘えてくる
ずっと餓鬼のままだと思ってたコイツに諭されるとはな
確かに前ばっか見て、周りまで気がまわってなかった
一人で仕事をこなせんなら申し分ねぇが、其が独り善がりになっちゃいけねぇ
そうなりかけていた事を総司の言葉でやっと自覚した



「…総司、ありがとな」
「なんの事です?僕は暇潰しに土方さんをからかいに来ただけで…」

「あぁ…分かったよ」



誤魔化す様に口実を作る総司
最初に言ってた日向ぼっこは何処にいったんだと、内心で突っ込みながら

今日これからの時間は総司の暇潰しに付き合ってやろうと思った






.......
(土方さん土方さんっ、僕お口が寂しいんですけどっ)

(ったく、テメーは発情期の猫かっ)








構ってちゃんの合図

(ほら、少しだけ休憩しましょう?)


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