(あたしにはきっとバッドエンドがお似合いよの続き)


 言うなれば一瞬、瞬殺。虫の音を殺すように、鮮血を吐き出し倒れているソイツの頭をぐりぐりと踏み躙る。地面を数回金属バットで軽く叩けば、それを大きく振り上げた。
 瞳に映る塵が、命乞いをするかのようにこちらに訴えかけてくる。辺りで息をしているのかしていないのか分からない奴等にはなりたくないと、そう思っているのだろうか。助けてくれ、謝るから。聞き飽きてしまったその言葉を連呼するソイツの声は、ヒューヒューと潰れた虫の息にしか聴こえなくて。
 話が違うじゃないか、と叫んだ言葉を最後に、思いっきり金属バットを振り下ろした。


 憎たらしい程、いつもと変わらぬ青空に吐き気がしてくる。リンはあの後、直ぐに救急車を呼んでからその場を立ち去って行った。汚い血で汚れたバットはケースにしまい込み、表の道は使わず裏路地から家へと帰宅した。あの近辺はリンのテリトリーなので、どこからどう通ればどの道に出るかなんて朝飯前。誰にも見つからず、誰にも知られず帰れたという自身は大いにあった。
 両親は二人ともまだ仕事なのか、家はまだ暗いまま。誰も居ない暗い部屋の明かりを点ければ、汚れてしまった制服のまま椅子へと腰を下ろした。小さく溜め息を吐き出せば、そっとあの時の事を思い出す。
 あの時、アイツ等の一人が叫んだ言葉は誰に向けられたものなのだろうか。確実にそれはリンに向けられた言葉では無い。話が違う、とはどういう意味なのだろうか。いや、そんな事よりも後頭部を強く打たれたアイツ、レンの事が気になる。一応、救急車は呼んだが確実に生きているとは断定できない。
 どうしてこんな事になってしまったのだろうか。そんな自己嫌悪と後悔が入り混じった言葉が、ぐるぐると頭の中で容赦なく回っていく。そっとケースから取り出した形の変わってしまった金属バットを数秒間眺め、近くにあったタオルで汚れを拭い。再び吐き出した溜め息と同時に、込み上げてくる涙だけが素直に零れていった。

 昔から誰からも期待をされず、年を重ねる度に幸せが遠退いていくように光が消えていった。それは仕方の無い事なんだと思い込み、次第に麻痺していったのだが、それも昨日全てが崩れてしまった。短い時間だったが、それは今まで生きてきた中で最高の幸せに満ちていて。
 それ故に絶望も測り仕切れないものとなってしまった。一度知ってしまった幸せは消える事無く居座り続け、未練たらしく胸の内を抉るような感覚。もう一度あの幸せの時間を過ごしたいと、そう願ってしまう。
 ――いつもと同じ、同じなのに。
 抑えられないこの胸の痛みにリンが唇を噛み締めると、タイミングよく部屋の扉が開いた。がたっ、と何かが床に落ちる音に目を見開けば、勢い良く顔を上げる。すると、そこには目を見開いてリンを凝視している母親が居た。床に転がった買い物袋を拾う事すらできないのか、大きな瞳を瞬きもしないで見つめている。
 そこで漸く気が付いた、鮮血が飛び散った制服を身に纏っている事を。
 今までは親に見つからないように迅速に処理をしているし、ここまで汚す事はなかったので油断してしまった。それでもいくら見放されているからと言っても正真正銘の母親なのだから、きっと大丈夫、大丈夫、大丈夫。
 リンは言い訳をするように、違うんだと言いながら近寄っていき、そっと母親の肩に触れた。

「母さ・・・・・・」
「きゃああああ!」
 それは本気の拒絶だった。
 それからは、ただひたすらにがむしゃらだった。手元にあった金属バットを握ったまま家を飛び出し、制服に赤い模様を付けたまま走っていく。拒絶された時に叩かれた手の甲が痛い、胸が痛い、痛い。
 いつものように冷静に物事を考える事ができず、まるで一時の幸せを知ってしまい、まるで脳が腐ってしまったようだ。ぐっ、と指先で抑えた自分の唇は、まだ彼の熱を覚えているかのように錯覚してしまう。走っている時に数人の肩にぶつかったが、それすら気付かない程までに気が滅入っていた。

 いつもとは少し違う路地裏へと入り、数メートル進んでからスピードを緩めていき、そっと立ち止まった。もう涙すら出ない程、息苦しくなってくる。溜め息を吐き出し、そのまま地面に腰を下ろそうとした時。
 リンは息を止めて瞬時に身体を右へとずらす。すると、その真横で大きな鉄パイプが床を叩き付けた。小さく舌打ちをし、回り込むように足で蹴り上げれば、そのまま流れるように金属バットで叩き下ろした。それは頭部に命中し、うつ伏せに顔面を地面にぶつける。
 気絶してしまった事を確認すれば、そっと背中を振り返った。すると、気絶した男の仲間と思われる人物が床に座り込み、がたがたと肩を震わせているのが目に入った。どうやら腰を抜かしてしまったのか、可哀想というよりも哀れな光景だ。リンはソイツの胸倉を掴めば、思いっきり引き上げた。

「あんたら何なの? 今、すっごく機嫌が悪いんだけど」

 片手で金属バットを肩に掛ければ、ソイツは怯えるように口を開いた。どうやらコイツはレンを傷付けた奴等の仲間で、そいつ等も同じ他人に言われて襲ったらしい。それは誰だという答えには答えようとせず口を閉ざしたので、そのまま地面に叩き下ろして舌打ち一つ。
 腹の底から湧き出てくる黒いものが抑えられなくなり、何も無い地面に金属バットを叩き付ける。何度も何度も叩きつけ、狭い路地裏の壁を叩き割る勢いで何度も打ち付けた。どうやっても収まらない黒い衝動にどうすれば良いのかすら分からない。
 腹の底から出てきた唸るような叫び声は、地面を割る音ですらかき消す事が出来なかった。数分間何度も同じ事を繰り返していれば、そっとその動きを止めて瞬きを繰り返す。
 突然、前方から歩いてきたその人物を瞳に焼き付けるように凝視し、息をする事すら忘れてしまっていた。

「・・・・・・レ、ン?」

 あまりの予想外な人物に、リンは何とか搾り出した声で彼の名前を呼ぶ。彼は頭に包帯を巻いており、それでも元気そうに笑顔を浮かべている。
 良かった。素直にそう思い、そっと口元を緩ませた。直ぐにでも側に行って喜びを分かちたい、素直に言葉で大好きなんだと言いたい。しかしリンの表情はそのまま固まり、きちんと笑顔を作れないまま停止してしまった。
 これはどういう事なのだろうか、理解できない。レンの後ろには彼を打った筈の奴等が、忠実に彼の背中で湧き出てくる。もしかして、これは。

「ごめん、俺は本当にリンが好きなんだ。 リンに振り返ってもらえるなら俺はなんだってする!」

 混乱が混乱を呼ぶように、頭の中が叩き付けるような痛みが走り、彼の言葉が聞こえない。聞きたくない。
 つまり嘘だったんだ、何もかも。嘘、嘘、嘘。レンは致命傷を負わされたフリして、本当は軽い打撲。きっと奴等が最後に言った、話が違うというのは、リンが強くないとでも言ってそれを信じていたのだろう。
 壊れそうな瞳で彼を見れば、だんだん湧き上がってくる黒いものが再び濃度をましてくるのが分かった。愛しそうにリンの頬を撫でる彼が、好きな筈なのにだんだん憎しみが膨らんでいく。
 もういいや、もう疲れた。何をしてもハッピーなエンドが訪れないのなら、いっその事全てを壊してしまえばいい。
 強く金属バットを握り締め、狂喜に満ちた笑顔を浮かべた先の記憶にさよならを告げた。




あたしにハッピーエンドなんて要らないわ




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匿名様、リクエストありがとうございました!
この話はタイトルの通り、ハッピーエンドには決してならない話のつもりでしたので、続きもバッドエンドにしました^^
マセレン君がヤンデレン君に進化して、不良クーリンちゃんはクレイジーになりましたが、これはこれで有りかなとも思います(笑)
実はハッピーエンドにしようか、かなり悩んだのは内緒です←
ありがとうございました!



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