「くだらない」

目の前に転がるのは、腐った欲望の塊。周りの人達の瞳は、欲に飢えた獣のよう。否、獣でさえ此奴等よりきちんと考えているであろう。そうだな、簡単に言えば只のナマモノに集る烏か。まぁ、そう言ってしまえば烏に失礼かもしれないが。
込み上げてくる溜め息をそのまま吐き出し、そっと持っていた金属バットを肩に掛ける。背中には今にも泣き出しそうな、名前も知らない女の子。くちゃくちゃと何度も噛んだガムは既に味は無く、膨らませては萎ませてを繰り返す。
これは偶々だ、そう偶々。自分と同じ同性の子を、気持ち悪い程よって集って吐き気がする笑顔で近付いて。何が面白いのか分からないが、自分にとってくだらない事だという事は分かる。関わりを持ちたくない周りの冷めた人達のように、うざったい人間にはなりたくないので、その群れの間をすり抜けて女の子の目の前に立った。そして今に至る、という訳だ。

リンはもう一度溜め息を吐き出し、一つの忠告。
金属バットを持っている右手とは逆の手で、そっと指を三本立てる。そして一秒毎に一本ずつ指を折っていく。これはカウントダウン。逃げるなら今の内、それ以外の人はご愁傷様。
全く意味の分かっていない馬鹿な連中は、その欲望に染まった瞳のままリンの胸倉を掴んで突っかかってくる。そして、最後の一本も折って。
はい。皆、御馳走様。
ニッと弧を描いた唇を自分の舌で舐めれば、胸倉を掴む目の前の人物を思いっ切り蹴飛ばした。倒れはしなかったが、油断していたのか小さくよろめいて。そしてそんなソイツ目掛けて右手の金属バットを思いっ切り振り下ろした。
それは右腕に命中し、鈍い打撲音が響く。それと同時に低い呻き声が上がり、そっと目を細めた。命中した部分は赤黒く腫れてしまっており、きっと内部出血でもしているのではないだろうか。リンはもう一度金属バットを振り上げれば、周りの気持ち悪い人達の瞳は欲望でなく恐怖に震え。
イカレてる!という叫び声を合図に、わらわらと散乱するように逃げ出した。リンはそのままコンクリートを叩き割り、静寂の戻った辺りに瞬き一つ。
彼奴等の為に後追いをしてやるつもりもないので、そっと金属バットを肩に掛け直した。そしてそっと振り返れば、そこには怯えたように瞳を震わせる女の子。そんな彼女に手を差し伸べ、大丈夫?と笑みを作れば。彼女は思いっ切りその手のひらを叩きつけ、邪魔しないでと泣き出しそうな瞳でその場から駆けだしていった。
つまり彼女は襲われていたのではなく、襲わせていただけなのか。
ああ、もう。なんてくだらない世界。



「だから言ったじゃん、ほっとけば良いって」

裏路地から帰って来た途端放たれた言葉に、そっと頭を数回掻く。そして何も見なかった事にして、ソイツの横を通り過ぎれば、案の定付いて来る。足を早めても、それは変わらず。
彼は鏡音レン、同じ学校の同級生。少し女遊びが悪く、悪い噂も絶えない。まぁ、悪い噂ならリンも負けては無いが。
そんな彼に付き纏われるようになったのは、いつからだったであろうか。彼が名前も知らない人との最中に出会した時か、それとも彼と同じクラスになった時か。分からない、分からない。それでも今はそんな事、どうだって良い。
消える事の無い足音が、二つ重なり地面に響かせる。いつになったら振り向いてくれる?どうしたらヤらせてくれる?なんて、くだらない台詞を背中に突き刺しては遊んでいる彼に、溜め息すら出てこない。そんなモノに興味など無いし、持とうとも思わない。
いい加減気付いている筈なのに、どうして彼は付き纏う事を止めないのか。そんな事分からない、分かりたくもない。
そんな事を考えていれば、突然ぎゅっと左腕を掴まれた。一体何なんだと振り返れば、彼は先程の自分のようにニッと口に弧を描き。それでも自分とは違う何か妖艶なものに、ぞくぞくと背筋が震えた。

そのまま、先程とは少し違う路地裏に連れ込まれていく。一歩一歩踏み締めるコンクリートの地面は、冷たくも黙ったまま二人に見向きもしない。
どうして自分はこの手を振り解いて、今すぐにでも逃げ出さないのか。そんな疑問に首を捻る事もせず、どんどん奥へと進んでいく。一体どこまで行くのかと、目を伏せた。その時だった。
突然肩を押されて、壁に縫い付けられる。背中を思いっ切り打ち付け、小さく顔を歪める。そしてふと見た彼の瞳に、思わず胸が高鳴る。どうしてしまったのだろうか、先程まではこの欲望に飢えた瞳が気持ち悪いと吐きそうだったのに。
愛してる。レンは真剣な瞳をリンに向けて、そっとその言葉を吐き出した。それはあたしが一番嫌いな言葉。
そんな本気かどうかも分からない言葉で惑わして、それで相手を翻弄しているつもりなのだろうか。まぁ、純粋にそれを信じて幸せそうに微笑む人達は、それはそれで良いのかもしれないが。何故かあたしは、その言葉が本気に聞こえない。筈だったのに。
どきどきと高鳴る心音は、そんな曖昧な言葉を信じてしまう。それは目の前の彼の瞳が、今まで他の女共に見せていたものと違って真剣そのものだったからか、否か。
そっと交わった唇と唇は、お互いがお互い求めて、好きだと言っている。
そんな時だった。

そっと開いた瞳の先には、彼の背中から伸びた人影が目に入った。それはこちらに向けて鉄パイプを振り上げており、一気に目を見開ける。そしてレンの胸をどんどんと叩けば、彼がそっと瞳をこちらに向けた、その瞬間だった。
ガンッ、と響いた鈍い音。それと同時に、ゆっくりと地面に崩れる彼の姿。震える肩でそっとレンに目線を変えれば、彼は頭に血を滲ませて倒れている。それを見た瞬間、一気に血の気が引いて。勢い良くしゃがみ込み、その肩を優しく抱き締め。彼の小さな呼吸と共に、流れる血は止まる事を知らない。頬を伝った涙は、そのまま彼の頬に落ちた。
たぶん彼の事が好きだったのだと思う。自分の事を誰も見てくれない中で、彼だけが見てくれて。これが本当に両想いだったのかは分からないが、それでもやっぱりこの気持ちは彼を好きだと叫んでいる。
そっと彼を床に寝かせて、リンはゆっくりと立ち上がった。目の前に居るのは、先程群れていた塵共。さっきの仕返しのつもりか、それとも何のつもりか。込み上げてくる深い溜め息と共に、この胸の内に広がる黒い感情も一緒に吐き出す事ができたならば。なんて、金属バット片手にそっと涙を拭き取る。
握り締めたバットの感触は、今まで以上に狂気に満ちていた。




あたしにはきっとバッドエンドがお似合いよ




--------------------------------------------------
マセレン×不良クーリン(?)
レン君はとばっちりを食らってしまいました。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -