(人生ピンチばかりですの続き)


深い深い溜め息が零れた。
今、リンは男性用のスーツを身に纏い、高級そうなふかふかな椅子に座っている。そして隣には金髪の髪を後ろで軽く括り、同じようにスーツを纏ったレンが座っていた。
彼は仕事のやり方を丁寧に教えてくれているのだが、何と言えば良いのか、簡単に言えば顔が近いのだ。体は無駄に密着しているし、馴れ馴れしく腕も回してくる始末。

なんだか、小一時間前まで普通に学生をやっていた事が遠い過去のように思えてくる。リンは頭を痛めながら、今日からここで研修生として働いてもらう。という言葉を、頭の中で何度も繰り返した。
リンは、両親から今日突然ホストクラブでの研修通達を伝えられ、困惑を隠せないでいる。男の子として育てられてきたが、元々女の子であるリンはホストの経験なんて無い。寧ろそれ以前に、研修とは言え学生をホストクラブで働かせるのはどうかと思う。
それに何もかもが理不尽すぎて、やる気すら起きない。
何度目か分からない溜め息を零し、ふとレンに目を向ければ、にこりと笑顔を浮かべた。なんて綺麗な笑顔なんだろうか、と一瞬だけ魅とれてしまった。この笑顔でどれだけの人を落としてきたのだろうか、考えるだけで億劫になる。
それでも自分はその中の一人にはならない、と目を逸らして彼に教えられた事を繰り返す。

すると突然そっと手を掴まれ、腰を抱かれた。一瞬セクハラかと思ったが、お客様が来られたから場所を変えるよ。と耳元で彼が囁き、そっと店の扉の方を眺めて。なるほど、と。リンは座り心地の良いふかふかな椅子から、ゆっくりと立ち上がり。そして彼に手招かれるまま、控え室へと足を運んだ。
控え室には、当たり前だがレン以外のホスト達が居り、楽しそうに雑談している。表で出迎えをしていた人達も合わせて、これも当たり前だが全員かっこいい。青色の髪の人は優しそうな笑顔が眩しくて、紫色の髪の人はミステリアスな雰囲気が特徴で大人な色気が素敵だ。結論的に言えば、格好良い。
思わず口に出そうになり、そっと口元を抑えた。今は完璧な男の子を演じなければ、これから支障が出そうなので我慢我慢。
それでも挨拶はしなければならないので、リンはレンより少し前に立ち、軽く顔を下げた。
今日から研修生として働かせてもらいます、鏡音リンです。よろしくお願いします。
と、丁寧にお辞儀をすれば、目の前の二人は宜しくとにっこりと微笑み。それにつられてリンも微笑めば、突然レンに腕を掴まれた。数回瞬きをし、彼を見上げれば。

「悪いけど、今コイツに色々と教えてるとこだから」

と、彼は二人に向けて話しかければ、そっと控え室の奥へと歩き出す。
彼の表情に一瞬、背筋が凍った。それは目の前の二人も同じなようで、二人とも冷や汗を流しながらも彼の言葉に頷く。
そしてレンは、リンに顔を向けて。

「……こっちにきて」
「お、おう」

控え室の奥にある、一つの個室の扉を開けて、彼に招かれる。
彼曰く、ここはナンバーワンにだけ与えられる個室らしい。当たりを見てみれば、ゲーム機やらバナナジュースの入った缶やら。
何だか、初めて他人の部屋に入った時ような妙な感覚に、少しだけ緊張が走った。そして壁を背にして辺りを見渡していれば、彼はそっとこちらに向き直り、足を近付けてくる。
その間にも、自覚があるのかとか、君にこの仕事が出来るのかとか。そんな言葉を投げつけられて何も言えないでいると、そっと彼の顔が目と鼻の先に来て。

「今ならまだ大丈夫だから、両親にこんな仕事やりたくないって言ってくるんだ。」

リンちゃんの両親も鬼じゃないんだから、君がノーって言えば何とか考え直してくれるよ
彼はそう言って、リンの頬に手を添える。
そう、彼の言う通りだ。いくら男の子として生きてほしいというのが親の願望であっても、それがイコールホストクラブに務めるとは限らない。それに自分の両親は優しい。それは自分の両親だからとかそんな生半可のものでなく、はっきりとした事実。
それでも、何だかそれでは納得出来ない自分も居て。普通の女の子でありたいと願いながらも、親の願いを優先に生きてきて。今までそうしてきたし、これからもそうなるんだと思っていた。
なので一回ぐらい両親の願いから逃げても、誰からも責められる事は無いであろう。それでも、何だか納得出来ない。
彼の瞳を見つめれば、その真剣な眼差しにどきりと胸が波打つ。波打つ胸の鼓動の意味は分からないが、彼の真剣さに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
それでもリンは真っ直ぐに彼の瞳を見つめた。

「僕は逃げない。頑張って仕事も接客の仕方も覚えるし、迷惑はかけないようにするから」
「…っ!そうじゃなくて、」

次に彼が何かを言おうとして、それを止めた。
そして自分の頭をぐしゃぐしゃと掻き乱し、小さな溜め息。その言葉の続きを聞きたくて口を開けば、扉の向こうから、レンに指名だという声が聞こえた。
彼は何も言わず扉を開けて、出て行く。そして唖然と立ち竦んでいれば、再び扉が開いて。そこで適当に待ってて、とレンは今度こそ表へと出て行った。
リンはそっと目にとまった椅子に腰を下ろし、数回瞬きをして。
たぶん彼は女の子だから無理だと言いたかったのであろう。まぁ確かにその通りなのだが、何だかそれが悔しくて悔しくて。今まで男の子として生きてきた事を否定された気分になってくる。
リンは何も映していないテレビを睨み付け決意を固め、それをそっと口にした。

「絶対レンに、ぎゃふんと言わせてやる!」




人生ピンチが付き物です




--------------------------------------------------
ホストレン×男装リンの続き。
リンちゃんが決意したようです。

男装リンちゃんが女の子だと知らない某青髪の人と某紫髪の人からの、小さな質問。
Q.レンって実はホモ?
A.違います、紳士です。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -