飴の生る木2



「肉だろ、肉だろー。んー、あと肉!」
誕生日プレゼントは何が欲しいかというウソップとチョッパーの問いかけには、そんな答えが返ってきた。結局肉なんじゃねェか! ルフィに突っ込んだウソップは、一人脱力している。ゾロにも予想通りの答えだった。
あの飴の生る、輝く島と遭遇した夜以来、ナミが言っていた通りまともな島に辿りつけていなかった。
数日前に立ち寄った無人島で肉だけは大量に確保できた。得体の知れない生物の肉ではあるが、肉ならなんでも喜ぶだろうと言ったのはナミだ。その夜、毒味も兼ねてサンジが料理をしてみたところ、仲間の誰もがあまりの美味さに舌を巻いた。その肉はいつかウォーターセブンで食べた水水肉のように柔らかく、口に入れればひとたび舌の上でとろけた。宴用の肉だというのに、その晩でルフィに食い尽くされそうになったほどだった。これなら、ルフィも相当に満足するだろう。ゾロも、酒と一緒にその肉を楽しんだ。
だが、まだプレゼントを用意できていなかった。肉があれば満足するであろうルフィに、何か物をやったところでどうにかなるわけではないが、仲間の誕生日には一人ずつプレゼントを贈ることが決まりになっていた。別に、誰かが言い出したわけではない。だから、毎度律儀に守る義理はないのだ。しかし、プレゼントをもらってしまったからには、返す義理が生まれる。
ゾロの誕生日にも、ルフィはきちんとプレゼントをくれた。そのせいで、仲間の誕生日のたび、ゾロは頭を悩ませることとなった。それに、今回は島でプレゼントを調達することも叶わない。どうしたものかと、瞼を閉じたまま腕を組み、ゾロは深々と眉を寄せた。
「あーあ、こういうときサンジは楽でいいよなあ。肉やればいいんだもんよー」
「そうだな。長鼻の姿焼きなんてうめェかもなァ…」
ウソップの鼻を鷲掴みにして極悪面で煙草を吹かすサンジに、ウソップのヒイッという悲鳴が芝生甲板に響いた。てめェ、おれがあのクソゴムブラックホールの腹を満足させるためにどんだけ苦労してんのか分かってんのか! そう凄むサンジに、ウソップは半泣きで謝っている。
サンジがキッチンから出てきたということは、昼飯ができたのだろう。マストに背中を預け、悶々と一人唸っていたゾロは、目を開けると芝生甲板へ視線を巡らせた。予想通り昼飯だとサンジが声を張り上げたと同時に、大きく欠伸をする。
階段を上っていく仲間たちに続くよう、ゾロもベンチから下りた。ルフィが脇目も振らず、一目散にキッチンへ走っていく姿を無意識に目で追う。

「それで、結局決まったの? ルフィへのプレゼント」
仲間たちがキッチンへ姿を消した頃、遅れて階段を上っていたナミが立ち止まり、まだ芝生甲板にいるゾロを見下ろした。ゾロがむすっと唇を引き結ぶと、ナミは呆れたように眉を上げる。それはお前も同じだろうと反論すれば、まあねとナミは肩をすくめた。
「まあ、サンジくんも楽と言えば楽だけど…」
「あァ?」
「アンタも楽でいいわよね」
帆がバタバタと音を立てて揺れるほど、強く風が吹いた。サニー号がその風に押され、海上を進む感覚がする。ナミは長い髪が顔にかかるのを片手で押さえつけながら、空高く飛ぶかもめを見上げた。
ゾロは眉をひそめ、ナミから視線を逸らさずに腕を組む。ナミさんが来てねェんだからまだ食うな! そうがなるサンジの声が、ここまで響く。風が止むのを待ち、ナミはゾロに顔を向けた。
「だってあいつ、あんたがいればそれでいいんだもの」
プレゼントはおれ、で充分なんじゃない? からかうように階段の手すりに肘をついて、てのひらに頬を置くと、ナミの唇は弧を描いた。
ゾロは組んでいた腕を解き、ふざけんなと唾を飛ばす。ルフィのやつ大喜びするわよ。けらけらと笑うナミを睨みつけながら、大股で芝生の上を歩いた。ゾロが階段に足をかけたとき、ナミも手すりから肘を下ろす。
「お前も、他のやつらも、あいつにゃァ必要だぜ」
「知ってるわよ、そんなこと。でもね、ゾロだけでも満足しないけど、私たちだけでもダメなのよ、ルフィは」
「…同じことじゃねェか」
「ばっかねー、全然違うじゃない!」
ナミの言葉の真意を探ろうと、ゾロは頭を巡らせたが、やっぱり同じじゃねェかと首を傾げる。ナミが一体、何を言いたいのかゾロには理解できない。だが、自分をプレゼントにするだなんて死んでもごめんだということは確かだ。
ナミはそのことについて言及する気などさらさらなく、キッチンへ向かって高いヒールの音を響かせながら階段を上り出した。早くしねェと食いっぱぐれるぞクソマリモ! サンジの口調を真似て振り返ったナミに、ゾロは苦虫を噛み潰したような顔をする。
ナミに続いてダイニングへ入れば、ウソップがルフィからゾロの昼飯を死守してくれているところだった。ウソップに礼を言い、ルフィに奪われる前にゾロも飯を掻き込む。
「明日、日が暮れる前には島に着くと思うわ。無人島だけど、そこに停泊しましょ」
途中で食料が足りなくなっても現地で調達できるしね、とナミがいたずらに続ける。サンジはハートマークを飛ばし、身を捩じらせながらも、それは助かると真面目な声音で告げた。
どうやらルフィの誕生日を祝う宴は、その無人島とやらで行うらしい。危険な島でなければいいわね、そう告げたロビンに、それが問題よねとナミが息をつく。
主役であるルフィはと言えば、早く島に着かねェかなァとしきりに言葉を発していた。何がそんなに楽しみなのだろうと、ゾロは首を捻る。だが、その疑問は差し迫るプレゼントのことを思い出した途端、頭の片隅に追いやられてしまった。
島に着く前に、なんとかしてプレゼントを用意しなければならない。ゾロは空になった皿をテーブルに置くと、一息にコップの茶を飲み干した。


島に着くのを今か今かと船首の上で待ち侘びているルフィを見上げ、ゾロはすぐに視線を落とした。色々考えたが、結局プレゼントは何も浮かばず仕舞いだった。元より、こういうことを考えるのは苦手なのだ。仲間たちはそれぞれ何か浮んだのだろう、ナミとロビンはキッチンでケーキを作っているし、フランキーとウソップが工場にこもって何か作っていることも知っている。
栄えた島に着いたときにでも、小遣いをはたいて肉を買ってやればいい。ゾロは考えることを早々に放棄した。それに、ルフィが一番喜ぶのは、やはり肉だろうと思ったのだ。
一瞬、プレゼントについてあのときのナミの言葉が頭を過ぎったが、首を振ってゾロはその考えを慌てて打ち消した。それだけはありえない。ゾロが一人百面相をしていると、階段を使わずルフィが船首から飛び降りてきた。完全に意識をプレゼントのことに向けていたせいで、ゾロはうおっ! と肩を跳ねさせる。
「ゾロっ! そろそろ島が近ェぞ!」
「あ、ああ」
「着いたらよ、一緒に探検しに行こう!」
思いがけないルフィの言葉に、ゾロは目を丸くした。探検と言ったって、日没までせいぜい二時間しかない。島に着いたらすぐ宴の準備をはじめるだろうし、ゾロもそれを手伝うつもりだった。だから、そんな暇はないと言おうとして、口ごもる。今日はルフィの誕生日なのだ。ルフィの要望に応えるべきか、準備を手伝うべきか思案する。
「ちゃんとナミに島着いたらゾロとデートするっつったんだぞ」
「でっ…!」
「だからおれと一緒に過ごせよ!」
ゾロは何度か口を開閉させた後、何も言わずぷいとそっぽを向いた。それを見て、ルフィは歯を見せて笑う。
ゾロの隣に腰を下ろしたルフィは、楽しげに風に揺れる麦わら帽子を片手で押さえつけた。ゾロはその様子を眺め、諦めたように瞼を閉じる。どうせ、断ることなどできやしないのだ。それを、ルフィも分かっている。なんだか口惜しく感じるが、どうもルフィには甘くなってしまう自覚がゾロにはあった。
それから、ルフィが昨日から島に着くのをずいぶんと心待ちにしていたことを思い出す。ただ宴が楽しみだったのだろう。そう思い込もうとしたが、デートが楽しみでずっと島に着くのを楽しみにしていたのだと直接ルフィに告げられて、ゾロはたまらず顔を赤くした。それをごまかそうとして、寝る! と声高に宣言すると甲板に横になった。勢いあまって頭部をしたたかに打ち付けるが、構わずルフィから必死で顔を逸らす。
だが、抵抗する間もなくルフィが乗り上げてきた。へへ、と笑みを零し、ルフィは両足を揺らす。顔を覗き込まれるが、気がつかないふりをして、ゾロは瞼を閉じたまま微動だにしない。

「好きだぞ、ゾロ」
耳元で囁かれると、また顔に熱が集中した。いつだって、ルフィの直球な言葉はゾロの心を乱す。こんなことで動揺しているようでは、二年間の修行も何もあったものではない。
ゾロは身じろいで甲板に顔を伏せる。だが、ルフィはそんなゾロの気持ちなどお構いなしに、笑声を上げた。
「にしし、また顔が赤くなった」
「うるせェ」
頬を人差し指でつつかれ、ゾロは力なく悪態をつき、その手を振り払った。それから両腕でますます頑丈に顔を隠した。
ルフィはその間も何度もかわいい、好きだと声に出し続ける。しまいには船中に響き渡るほど大きな声で、ゾロ、大好きだ! と叫ばれて、いい加減にしろとゾロはルフィの口を塞いで怒鳴った。そのまま、鼻先が触れ合うほど近くにあるルフィの顔を力いっぱい押し返す。最初こそ抵抗したルフィだったが、しばらくして諦めたのか、大人しく上体を起こした。
未だルフィの口を塞いでいた掌を掴まれ、ゾロも大人しく手を離す。するとその隙に、またルフィが顔を近づけてきた。卑怯だぞと声を上げる寸前で、まだ熱の引かない頬に唇を落とされて、ゾロは驚きのあまり固まってしまう。ゾロのほっぺた熱ィ、笑いながら、ルフィは舌を出してそこを舐めた。
ゾロはぴくりと身体を震わせる。すると、ルフィに名前を呼ばれ、反射的に閉じていた目をおそるおそる開けた。いつの間にか笑顔を引っ込めたルフィと視線が絡み合う。ゾロの心臓は、それだけで大きく跳ね上がった。ゆっくりと、焦らすように唇を寄せられて、ゾロは諦めて引き寄せるようにルフィの首に腕を回した。
「はいはい! イチャイチャするのは後で! 島に着いたわよ」
さっさと錨下ろして! 階段を上ってきたナミがパンパンと手を叩き、ルフィとゾロに呆れたような視線を向ける。ルフィは、邪魔すんなよナミ〜と拗ねたように唇を尖らせた。
ゾロは突然現れたナミを見とめ、あまりの出来事に硬直してしまう。島に着いたらいくらでもイチャイチャできるでしょ、からかうような笑みを浮かべたナミは、それだけ言うとくるりと二人に背を向けた。
何事もなかったように階段を降りていくナミの背中を、ゾロは呆然と見送る。ルフィはそんなナミの言葉に納得したようで、ゾロの上から大人しく退くと、まだ動くことができずにいるゾロの腕を引いて太陽のように笑った。





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -