近くて遠い背中 


普通の幼なじみと言っても、多少感じる世界観ってのはあった。
彼はケンカが強く、強いから人を寄せ付ける。人が集まればケンカ。怪我をするのはもちろん相手。よっぽどの事がない限り、彼に怪我はない。


でも今の彼は、ただのケンカ好きな不良とは違う。
命を賭けたケンカばっかりで、これに関してはさすがに無傷では帰ってこれない。


痛々しい傷。
貧血を起こしそうなほどの流血。

無茶しないでと言っても、ただのケンカだ、と言い切る彼。







本当は、これが戦争だってのをもちろん私は知っている。
人間と、悪魔。
強くないと、死ぬ。
強い者が、生き残る。



私は何も出来ない。
邦枝先輩のように男鹿を助ける事が出来ない。
古市くんのように男鹿を支える事が出来ない。
唯一の仕事、傷の手当ては、消毒を塗って、ガーゼを貼っての、簡単な処置。

悪魔が関わってしまったら、私の出る幕はない。




それでも幼なじみは、背にできた傷を私に見せ、大人しく座っている。
その姿が、何よりも複雑だった。




「おら、さっさとやれよ」

「そんなの、私には無理よ。ラミアちゃん呼んでくるから待ってなさい」

「いいからやれ」


立ち上がる私の腕を引き、再び床に座らされた。
何を言っても無駄なので、渋々傷を見るが、やはり市販の消毒じゃどうこうできるとは思えない。
魔界の薬なら簡単に治ると思うのに。



「―――!!」



恐る恐る消毒を塗ると、言葉にならない悲鳴を男鹿は上げた。手を止めて呼び掛けるけど、痛くねえの一点張り。
ベル坊も不安そうに男鹿を見上げている。



「いいから続けろ」

「でもっ」

「痛くねえから!」




ケンカが日常の男鹿に、魔界からベル坊とヒルダさんがやって来て。
魔王にするとかベル坊が狙われるとか。正直言えば、私が必要とされない存在なのはよく知っている。

たかが幼なじみの関係。
壊すのも簡単な関係だと思ってた。
でも男鹿は、離れようとする私を、離そうとはしなかった。
今のように、理由を作っては私の傍に居る……居てくれる…。

「確かにこんな手当てじゃ、この傷は治んねえ。ただの気休めだ」

「だったら最初っからラミアちゃんのとこに行きなさいって」

「けどよ、怪我したって、俺は自力でナマエのとこまで来れんだ」
「だからその力を…」

「俺は誰が相手だろうと負けねえ。傷を作っても、ナマエが手当てしてくれっからよ」






みんなが歩む道に、私は隣合わせで歩けない。
行きたくても、越えられない壁が邪魔をする。

羨ましかった。男鹿と一緒に闘えることが。
羨ましかった。男鹿を支えてあげることが。
羨ましかった。男鹿と信頼し合うことが。




「無茶だけは……しないで。私、たっくんが居なくなったら」

上半身、ミイラ男化した男鹿の背中に額を付けて、らしくない弱音を呟いた。

必要としてくれるのは凄く嬉しい。
でも、何もしてあげられないのが悔しくて。



「だから言ったろ。負けねえよ。絶対」


そんな複雑な感情を抱いていることは、多分この鈍感な幼なじみは気づいていないだろう。


「サンキューな。よし、帰るぞベル坊」




パーカーを羽織り、ベル坊を抱っこする男鹿に私は手を振った。


ずっと隣に居たはずなのに、気づけば私のはるか先を歩いてる男鹿。

近くにある背中なのに、遠くに感じてしまうのは、今の私にはまだわからない。


ただ、負けないと言い切る男鹿を、信じ待つだけ。



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