「名前ちゃんマジ可愛い!」 「からあげ食べる?」 成人式ではいろんな男の子から声をかけられた。 そりゃあ、中学の頃に比べたら化粧も覚えたしスキンケアにも気を遣うようになった。それなりに可愛くなったとは自分でも思う。しかしちょっと可愛い部類に入るだけでここまで扱いが違うのかと、嬉しいどころか軽く引いてしまった。5年も経てば人は変わる。当時いいなと思っていた野球部の坊主だった鈴木くんが軽々しく腰に触れてきて勝手に幻滅した。キャバクラじゃないんですけど。 「私そろそろ帰ろうかな」 「じゃーオレ送るよ」 「いいよ、駅近いし」 「駅まで!ね!」 慣れないチヤホヤ空間は思っていたより居心地が悪かった。飲み放題の時間はもうとっくに終わっている。仲の良い友達も帰っちゃったしもうこの場に残る理由はない。 私が立ち上がると、飲み会中ずっと私の隣に座っていた鈴木くんも一緒に立ち上がった。ここから駅まで歩いて5分もかからないし送ってもらうような距離じゃない。遠慮してもぐいぐいと食い下がってきて結局私は鈴木くんと2人で居酒屋を出ることになった。他の同級生達の好奇な視線が集まるのを感じた。なんか嫌だなあ。 「オレさ、名前ちゃんは絶対可愛くなると思ってたんだよね」 「えー何それ」 「マジだって!」 酔っ払いの軽口を誰が信じるというんだ。中学の頃「名前ちゃん」なんて呼んだことないくせに。 「てか正直さ、名前ちゃんもオレのこと気になってたでしょ?」 「……そうだね、いいなーって思ってたよ」 確かに中学の頃、私は鈴木くんのことをいいなと思っていた。でもそれはあの頃の鈴木くんが野球をすごく頑張っていて、誰に対しても優しく振る舞える人だったからだ。マネージャーの子と付き合ってたし、告白して付き合いたいまでの感情ではなかった。 「すげー嬉しい」 「!」 「2人きりで飲み直さない?」 急に立ち止まった鈴木くんが私の手を握った。反射的に解こうとしたのをぐっと押さえ込まれる。言葉は柔らかいけどその下に隠されてるものが見えてしまって小さな恐怖を感じた。 「今日はやめとくよ。また今度みんなで集まろ……」 「名前ちゃん」 「てか、鈴木くん彼女いるって言ったじゃん。よくないよ、こういうの」 「最近うまくいってなくてさ」 いや知らんがな。本当に好きだと言ってくれるんだったらいざこざになりそうなことに巻き込まないでほしい。 嫌だと言ってるのに鈴木くんはなかなか諦めてくれない。押せばいけると思われてることもむかつくし、鈴木くんの手を振り払えない自分にも腹が立った。 「多分本気で嫌がってると思うよ」 「「!」」 誰もが横目に通り過ぎる中、一人の男の人が私と鈴木くんの間に入った。気付けばあんなにしつこく纏わりついていた鈴木くんの手が離れている。短髪に左耳のピアス……後ろ姿からわかる情報は少ないけど知ってる人ではないと思う。 「な、何だよ三ツ谷……」 鈴木くんが呼んだ名前には聞き覚えがあった。同じ中学の三ツ谷くんだったら名前だけ知ってる。けっこうガチなヤンキーで、同じクラスになったことはなくて、手芸部の安田さんからたまに話を聞くくらいだった。 「邪魔すんなよ」 「あ?」 「な、何でもねぇよ!」 三ツ谷くんの低い声に後ろにいる私まで震えてしまった。今は何してるか知らないけどやっぱりヤンキーは怖い。三ツ谷くんの声と顔に威圧されたのか、鈴木くんは逃げるように去っていった。 「……邪魔しちゃった?」 「う、ううん、助かった」 「なら良かった。気を付けて帰れよ」 「うん。ありがとう」 「どういたしまして」 振り返った三ツ谷くんはさっきの低い声が嘘みたいに爽やかでかっこよかった。笑顔で私に手を振る三ツ谷くんにヤンキーの片鱗は見えない。今は何をしてるんだろう。少し話してみたくなったけど我慢した。いくらかっこよくても三ツ谷くんは元ヤンだし、私なんかが親しくしていい人じゃない。 今日のかっこいい三ツ谷くんは成人式のいい思い出としてしまっておくことにした。 prev top next |