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after3



 
「チカ超綺麗〜〜」
「ねー!」


友人の結婚式に参列したのはこれで3回目だった。3回目ともなると招待状の返信の仕方やご祝儀袋の書き方も覚えてくるし、テーブルマナーも様になってくる。これが大人になるということかと、並べられたカトラリーの中から内側のフォークを手に取って思った。
チカは高校の時の友人で、大学のサークルの先輩と5年の付き合いを経て結婚することになった。付き合いたての頃から話を聞いていた身としては感慨深い。ウエディングドレスを身に纏って旦那さんと腕を組むチカはすごく綺麗で幸せそうだった。そんな姿を見ていると頬は緩みっぱなしだった。


「で、名前はどうなの?」
「順調だよ」
「次結婚するのは名前かな〜」
「あはは、どうだろ」


一方でどうしても比べてしまう自分がいた。
隆と付き合ってもう5年になる。順調という言葉に嘘はない。毎日連絡を取っているし大事にしてもらえてる実感もある。私には勿体ないくらいの素敵な恋人だと思ってる。
しかし私達ももう26歳。最初に結婚式に招待してくれた友達はもう子どもが2人いるらしい。早い方が幸せというわけじゃないし比べるものでもないとはわかっていても、やっぱり私達はまだなのかなぁと思ってしまう。


「じゃあねー報告待ってるー!」


ご機嫌な友人を苦笑しながら見送って帰路につく。貰った引き出物がやけに重たく感じた。3年後もペアの食器が増えていくだけだったらどうしよう。
一人になった途端に思考はネガティブな方向へまっしぐら。嫌だな、幸せな結婚式の帰りにこんなこと考えたくないのに。


「! はいよー」
『終わった?』
「うん。隆も仕事終わった?」
『おう』


今日のために買い替えたパンプスのつま先を見ながら歩いていたら隆から電話がかかってきた。いつも声が聞きたいタイミングで電話してくるものだから、隆はエスパーなんじゃないかと何回か疑ったことがある。
駆け出しとはいえデザイナーという仕事は忙しいらしく、大安祝日のこんな日も隆は仕事をしている。大きな案件が入ったと嬉しそうに報告してくれたのが2ヵ月前。それから本当に忙しかったみたいで、毎日連絡は取っているもののなかなかゆっくりデートできない日が続いていた。


『今からアトリエ来れる?』
「うん、大丈夫」
『悪い。気を付けてな』


少しでも会えるなら会いたい。二つ返事で頷いて通話を切ってから、今の隆の声はいつも通りだっただろうかと不安になった。具体的に何が違うかと聞かれても答えられないけど、なんとなく違和感があったような気がする。電話を切ってしまった今、その疑念を確かめるには直接会いに行くしかない。
もしも、万が一、フられたらどうしよう。仕事に専念してみた結果、私の存在は必要ないんじゃないかと思われていたらどうしよう。この歳でフられてまた一から恋愛する気にはなれないし、そもそも隆以外の人考えられない。
どうか、どうか、別れ話が待っていませんように。



+++



「ごめんな、疲れてんのに」
「ううん。隆こそ。仕事お疲れ様」
「おー、マジね、すっげー大変だった!」


アトリエに着くとスーツのネクタイを緩めた隆が笑顔で出迎えてくれた。「大変だった」と言う割にはすごく楽しそうで、本当に仕事が好きなんだなぁと思った。
いつもはラフな格好が多い隆がスーツを身に着けているのは珍しい。めちゃくちゃかっこいい。私も結婚式からそのまま来たからそれなりに着飾っている。なんか、特別な日みたい。


「結婚式どうだった?」
「素敵だったよー。お肉がね、美味しかった!」
「前もそんなこと言ってなかったか?」
「そうだっけ?」


言われてみればどうかもしれない。よくあるやりとりだけど、すごく優しい笑顔を浮かべる隆を見てやっぱりいつもと違う雰囲気を感じ取った。何だろう。非日常が訪れる予感に胸がざわざわする。


「……次の仕事もう入ってるの?」
「ん? ああ、これね……」


目を合わせられなくなって机の上に視線を落とすと、ドレスのデッサンが何枚か散らばっていた。


「そうだな……人生最大の大仕事だ」


隆はそう言いながらまたとても優しい顔でデッサン用紙を撫でた。このゴツゴツした男性の手がこんなにも繊細で美しいものを作り出してると思うとなんだか感慨深い。
また大きな仕事が入るってことはこれからも会えない時間が増えるんだろうな。デザイナーとして成長していく恋人を祝福する反面、寂しさもある。私は恋人として隆に何をしてあげられるんだろう。


「付き合って初めて2人で出かけた場所憶えてる?」
「うん、名古屋の水族館でしょ」
「イルカショーでびしょ濡れになって爆笑したよな」
「うん」
「あと帰りのサービスエリアで2人して爆睡してさ」
「明日仕事なのにって焦ったやつね」
「な!」


急に話しだしたのは初デートの日のこと。やっぱり明らかに様子がおかしい。何で今そんなことを言うの?私達の3年間の付き合いは思い出になっちゃうの?


「ねえ、どうしたの……?」
「……あー、悪い。つまりさ、アレだ」


声が震える。次に隆の口から出てくる言葉を聞くのが怖い。


「最近忙しくてゆっくり時間とれてねぇけどさ……」
「……」
「絶対幸せにするから、オレと結婚してくれ」
「!!」


その言葉をすぐに受け止めるには心の準備が足りなかった。え、うそ、そっち?信じられなくて隆を見上げたら、私の大好きな笑顔で肯定してくれた。瞬間、今度は唇が震える。


「え、泣くのかよ!?」
「だってッ、フられるのかと思ったあ……!」
「はあ? 何でそうなるんだよ」


突然泣き出した私に戸惑いながらも手を引いて腕の中で落ち着かせてくれる。本当、こういうことサラっとやっちゃうんだから。男前め。


「大仕事に集中したいから、私は邪魔なのかなって」
「バーカ。コレは名前の」
「え?」
「名前のドレス仕立てるのがオレの人生の大仕事ってこと」
「!!」


このドレスのデッサンは私のために描いたものらしい。あの時の優しい笑顔の真意を理解してたまらない気持ちが溢れてきた。隆はこれを描いてる時どんな表情をしていたんだろう。


「ばかぁ〜〜〜」
「はいはい、バカでいーよ」


キャパオーバーした愛情を隆の胸板に打ちつけた。高そうなスーツを涙やファンデーションで汚してしまっても、笑って許してくれるのを私は知っている。


「……で? こんなバカと結婚してくれんの?」
「する……めちゃくちゃする……」
「ハハ、何だそれ」
「大好き。ありがとう」


この先もずっとこの笑顔の隣に立っていられますように。願いと覚悟を込めて隆の腰をぎゅっと引き寄せた。





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