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佐野万次郎



「おーい」
「……」


効果がないとわかっていながらも一応呼びかけてみた。結果はもちろん無反応。今日も私の膝の上で寝落ちしてしまった恋人の寝顔を見てため息をつく。


「トイレ行きたいんですけど」


不満を漏らしても虚しい独り言になるだけ。
万次郎は一度入眠したらなかなか起きない。トイレにも行けず、テレビも面白い番組やってないしスマホを弄るのにも飽きてきて、万次郎の子どものような無防備な寝顔を眺めてみることにした。


「万次郎くーん」


人の膝の上で寝るんだから何をされても文句は言えないはずだ。ふにふにとほっぺをつついてみても、鼻を軽くつまんでみてもやっぱり起きる気配はない。
お互いに歳を重ねてきたけれど、このあどけない寝顔は10代の頃と変わらない。呼吸に合わせて揺れる睫毛をそっとなぞって、頬に手を滑らせ唇に触れる。口を開けて寝ているせいか少し渇いている。この唇が私の唇に重なって、あの胸の奥からこみ上がる熱を生み出しているのかと思うと変な感じがした。


「大好き……愛してる」


起きないのをいいことに、普段の私からはなかなか言えない言葉を落とす。
若い頃は「好き」で充分だった。でも、10年も付き合っていると「好き」だけでは補えない感情がたくさん湧いてくる。「愛してる」なんてドラマみたいな台詞を口にする日がくるなんて。気恥ずかしいけれど、それ以外にこの気持ちを形容してくれる言葉を私は知らない。


「……」
「!」


突然、何の前兆もなく万次郎が目を開けた。このタイミングで起きるなんて珍しい。いつもは1時間くらい起きないのに。
もしかしてさっきの、聞かれてたかな。ニヤニヤした顔も見られたかもしれない。内心焦るけど万次郎の黒く澄んだ瞳からは何も読み取れなかった。


「……オレが最期に見る光景はこれがいいなぁ」
「え?」


私の心情なんて露知らず、万次郎が幸せそうに笑った。
その表情に胸の奥がざわざわと音をたてる。万次郎が口にした「さいご」が「最期」であることはすぐにわかった。つまり死ぬ時には私の顔を見たいってこと?けっこうやばめのニヤけ顔だったと思うんだけど。
何で今そんなことを言うのかと不安になる。若い頃に"無敵のマイキー"という異名がついていた万次郎は、時々すごく儚げな表情を見せる。放っておいたら消えてしまいそうで怖くなるくらいの。


「名前」
「なに?」
「結婚してくれない?」
「へっ……」


同棲5年、付き合って10年。まさか今日という何でもない日にプロポーズの言葉が聞けるなんて。
正直半分諦めていた。付き合いたては「結婚しよーな」なんて軽く言っていたけれど、いざ適齢期になるとお互いに「結婚」というワードは軽々しく口にしなくなっていた。それに、こうも同棲生活が長いと感覚が麻痺してくるのも確かだ。結婚と違うのは籍を入れているかどうかってだけで、結婚したところで特に何も変わらないと思っていた。だから今のままで別にいいと、そう思っていた。


「泣くなよ」
「っ、泣くよ」


それでもやっぱり私はこの言葉に焦がれていたらしい。
プロポーズをされたと認識した途端、涙が止まらなかった。溢れた涙が万次郎の頬に落ちる。私の涙のはずなのに、万次郎の頬を流れるそれはとても綺麗に見えた。


「これからは夫婦だな」
「……うん」


恋人から夫婦へ。あまり変わらないと思っていたけど全然違う。私の膝の上で目を細めて笑うこの男性の人生が、誰よりも幸せであってほしい。
頬に添えられたあたたかい手に引き寄せられて合わせた唇に、あなたの笑顔を一生護ると誓った。





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