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始まりの日




「大変だァ〜〜〜!白ひげの船が来たぞ〜〜〜!!」



グランドラインののどかな島に響いた警報音。
鳥が木から羽ばたき、犬は声を荒げ、町は喧騒と戸惑いに溢れていく。



「白ひげ…さん……。」



人々が我先にと避難地へ走る中、飼料を抱えた一人の少女が立ち止まっていた。












「人っこ一人いやしねェ…」



白ひげ海賊団が上陸する頃には全員が非難し終えていて、町にはすっかり人の気配が無くなっていた。
干しっぱなしにされた洗濯物が虚しく風に靡く。
様子を見に来た一番隊隊長のマルコはどうしたもんかと頭をかいて踵を返した。
この地にはオヤジが昔よく飲んだ酒があると聞いて是非また飲ませてやりたいと思っていたのに、人がいないとなるとどうしようもない。



「……」



一歩踏み出したところで人の視線を感じた。
確認しなくてもわかる…思いっきりガン見されている。
だが海軍や賞金稼ぎではない。殺気を感じないし、何より…下手だ。
とりあえず気付かないフリをして歩き出すと、慌ててその人物も後ろについてきた。



(…女か子供か……)



微かに聞こえる足音からして男のものではないし、その間隔が狭いことから歩幅が小さいことも伺える。
そして足音をたてる時点で素人なのは確実だ。おそらく町民だろう。
害は無さそうなのでやっぱり放っとくことにして、マルコは船へと足を進めた。









「おうマルコ、早かったな。」
「可愛い子いたか!?」
「酒は?」



興味津々に駆け寄ってくるクルーに対して、マルコは静かに首を横に振った。



「ここの町民は海賊が嫌いらしい。」
「え?」
「人っこ一人いやしねェよい。」
「まじかよー。」



マルコの言葉を聞いて肩を落とすクルー達。
大好きなオヤジに思い出の酒を飲ましてやりたかったのは皆同じらしい。(個人的な理由で落ち込む者もいるが。)



「なァオヤジ、その酒はここにしかねェのか?」
「あァ。"黒鬼"……ここのクソジジイしか作れねェクセだらけの酒だ。」
「じゃあそのじいさん皆で探して譲ってもらおうぜ!」
「おお、そうだな!」
「やめとけやめとけ。もうくたばってんだろ……随分昔の話だ。」
「でも……」
「ログが溜まるのは5時間。遊びてェやつは遊んでけ。」



白ひげが言う人にしか作れないということは、この機会を逃したらもう手に入れることはできない。
白ひげは「グララララ」と笑い飛ばしたが、息子としてはなんとしても大好きなオヤジにうまい酒を飲ましてやりたい。
かと言って窃盗なんて真似をしたらオヤジの顔に泥を塗ることになってしまう。
クルー達は残念そうにバラバラと船から降りたり自室へと戻っていったりした。



「オヤジ…」
「あァ?」
「大した事じゃねェがガキが一人ついてきた。」
「グララララ…そりゃあいつのことか?」


テンションの下がったクルー達が散らばっていったところで、マルコは白ひげに近づいた。
一応後をつけられていた事を話したのだが、白ひげもとっくに気付いていたらしい。
白ひげが顎で指した方を見ると海岸から森へと走っていく少女の後姿が見えた。マルコは呆れながら頷いた。



「放っとけェ。あんな尾行が下手な奴は初めて見たぜ。」
「…おれもだよい。」



やはり行き着く答えは同じだった。












「っくしゅ!」



暗い倉庫の中に小さなくしゃみが響いた。
下手な尾行を終えて、白ひげの船が停泊している沿岸から戻ってきたこの少女の名前はナマエ。
この村で酪農をして生計を立てているごく普通の女の子だ。



「……あった!!」



ナマエは倉庫の奥底に眠っていた何かを取り出し、それを大事そうに布でくるむと勢いよく立ち上がった。



「ナマエ。」
「ほっ!?」
「やはり避難していなかったか…。どこに行くつもりだ?」
「お、おじいさん…」



倉庫を出てすぐ聞こえた聞きなれた声に恐る恐る振り返ると、アゴに白いひげを蓄えた老人が立っていた。
ナマエは今一番会いたくないその人物に思わず後ずさる。


「あのっ、今までお世話になりました!おじいさん料理下手でイビキうるさかったけど、私おじいさんのこと大す…」
「んな事聞いとらんわ!!どこに行くつもりかと聞いてる!」
「えっと……海に…」
「ほォー…海に行くのにおれの酒が必要なのか?」
「!!」



ぎくっ、と大きく肩を揺らして、ナマエは布に巻いたそれを腕の中に抱きしめた。
その中身は老人の言った通り酒である。それも、この老人がずっと大切に保管していたもの。
だからこそナマエは申し訳ないとは思いつつも、老人が皆と避難していないであろうこの時を狙って取りに来たのだ。



「ナマエ……覚悟できてんだろうなァ…」
「ひっ……お、おいでハム!!」
「ワヒーン!」



ギロリと眼光を光らす老人にヒヨは怯むが、咄嗟に指笛を鳴らした。
その音を聞きつけて駆けつけたのは犬のような馬のような…その中間の形をした動物だった。



「港までお願い!!」
「こら待てナマエ!!」



ナマエが器用にその背中に乗ると、ハムと呼ばれたその動物は勢いよく走り出した。
そのスピードは馬以上のものだったが小さい頃から一緒に育ったナマエにとって、それを乗りこなすのは容易な事だった。
あっという間にナマエの姿は見えなくなり、老人は軽く舌打ちをした。



「……あのクソガキめ…。」










「ハム、ありがとう。ここでお別れだよ。」
「ヒン。」
「大好きだよ。おじいさんのことよろしくね。」
「ワフッ!」



白ひげ海賊団の船がとめてある港まで来ると、ナマエはハムから降りて毛に覆われた頬にキスをした。



「あのガキ……」



バイバイ、と大きく手を振るナマエを、白ひげ海賊団1番隊隊長が船の上から見下ろしていた。
そんなことにも気付かず、ナマエはハムを見送るとかけてあったハシゴに足をかけた。
一瞬リュックの重さでひっくり返りそうになったが、ぎゅっと縄を掴んで堪えて、上へと上っていく。



「よっこいしょ……ほ?」
「…何の用だい?」



通常の人より多めに時間をかけて船の上へとたどり着くと、マルコが仁王立ちで立ち構えていた。
一般人ということで放っておいたが、普通の人は近づこうとしない船にまで乗り込んでくるにはそれなりの理由があるはずだ。



「あの、白ひげ様にお会いしたいんです!」
「………」



どうやらその理由はよりによって「オヤジ」にあるらしい。
だが、どこからどう見てもこの少女に害があるようには見えなかった。
それと同時に真摯な表情で訴える少女は自分が思っていたよりも幼くなかった事に気が付いた。



「……ついて来な。」
「はい!」



とりあえず会わせるだけ会わせてやろうと、マルコは白ひげが居る方に向かって踵を返した。
害がないことは確実だろうが、もしもの時は自分がいる。



「あァ?何だその小娘はァ…」
「ギャハハ!マルコが女連れて来たぞ!」
「あいつロリコンだったのかよ!」
「海に落としてやろうかい。」
「はわわ…」



マルコがナマエを連れて歩く姿を見たクルー達がやいやいと野次を飛ばしてくる。
怒りに震えるマルコに、また別の意味で震えるナマエ。



「こいつがオヤジに用があるんだとよい。」
「おれに用だァ?」
「はっ、はい!!」



そうこうしているうちに、いつの間にはナマエの目の前には通常の人より何倍も大きな体と威圧感を持った男の姿。
その眼光で見つめられれば、ナマエの緊張は頂点に達し、上ずった声で返事をしながら背筋をこれでもかというくらい伸ばした。
一般人なら白ひげが放つ覇気で意識を失ってしまうはずなのに、怯えていても倒れる気配はない。
白ひげが覇気を抑えてるようでもないし……マルコは少し目を細めた。



「白ひげ様!私をこの船に置いてくださいッ!!」



突然船上に響き渡った声に、周りのクルーはもちろん、材木を運んでいたクルーも、釣りをしていたクルーも、その動きを止めた。



「グラララララ!!」



しばらくの静寂が続いた後、白ひげの豪快な笑い声が耳に響いてきた。



「やなこった。」
「えええまじですか!!」



ひとしきり笑ったあと、白ひげはきっぱりと答えた。
その返事がまるで「意外だ」というように本気で驚くナマエに、クルー一同が呆れ返る。
まさかこんな小娘が本気で天下の白ひげ海賊団の仲間になろうと考えていたのか…そして、本気で乗せてもらえると思っていたのか、と。



「な、何でもします!雑用でも何でも!!」
「小娘…ここは海賊船だ。」
「わかってます!白ひげ様です!」



しかし一回断ったぐらいではナマエは折れてくれないらしい。
冷ややかな視線を浴びても尚、白ひげに向かう。



「……お前戦えんのかァ?」
「えっと……戦えない、です…。」
「ウチに足手まといのハナタレはいらねェ。帰りな。」
「え!?は、鼻はたれてないですっ!」
「プハハッ!」



白ひげの「ハナタレ」という言葉を真に受けたらしいナマエが、自分の鼻の下をこすって確かめた。
確かに鼻はたれてなかったが、その前の「足手まとい」は否定しなくていいのだろうか。
そんなナマエの姿に、オレンジ色のテンガロンハットを被った男が噴き出した。その隣でマルコも呆れたように頬を緩めていた。



「…じゃァ小娘、何ができる?」
「え?えーっと………あっ、動物と友達になれます!!」
「……」
「ギャハハハ!」
「あいつおもしれー!!」



ナマエの言う特技はあまりにも海賊らしからぬもので、周りはまた爆笑に包まれる。



「そ、それに!」



ナマエはそれに負けじと大きく叫び、腕に抱えていた包みを外した。



「!」
「あなたの好きなお酒を持ってます!!」



その中から現れたのは白ひげが昔一度だけ口にし、また飲みに来ると約束した、かつての戦友が作った酒だった。
白ひげが言っていた酒の名前は「黒鬼」。その二文字がしっかりと酒瓶のラベルに描かれている。
実物を見たことがないクルーでもそれが本物であることは伺えるし、何より白ひげの反応を見れば瞭然だ。



「小娘……何でそれを…」
「私をここに置いてくれなきゃ、これはあげませんっ!!」
「……」



ぎゅ、っと酒瓶を握るナマエ。
この少女は最強の海賊、白ひげを相手に対等の交渉ができると思っているらしい。



「……グラララララ!!」
「?」



こんなひ弱な少女から一本の酒瓶を奪い取るなんて造作もないこと。
白ひげは先程よりも幾分楽しそうに笑い声をあげて立ち上がった。



「ほっ!?」
「オヤジ…?」



怯むナマエはお構いなしで甲板の端まで歩き、下を見下ろす。
クルー達にもその行動の意味はわからなくて、首をかしげていた。



「……つーわけだ。テメーの酒と孫、もらってくぜェ……クソジジイ。」
「…勝手にしやがれ。」
「え!白ひげ様、それって……っていうかぎゃあああおじいさん!?」



白ひげが海岸に向かって喋ったと思うと、その先にはナマエの祖父が立っていた。
一体どうやって、と思ったがその隣にハムの姿が見えるあたり乗ってきたんだろう。
しかし今のナマエにとってそんなことはどうでもよくて、どうやってこの場を切り抜けようか思考を巡らせた。
あの頑固者の祖父が、勝手に酒を持ち出して、更に海賊の仲間にろうとしてるなんて知ったら、とんでもない制裁を受けるに決まっている。



「ナマエ!こいつァ餞別だ。20になったら飲め!」



あれよこれよと考えるナマエをよそに、祖父はニヤリと笑って一本の酒瓶をナマエに向かって投げた。



「あっ」
「……」
「ありがとうございます!」



クルクルと空中を回転する酒瓶をナマエが上手くキャッチできるわけがなくて、案の定取り損ねた。
一瞬ヒヤッとしたが、ナマエの手がはじいた酒瓶は無事、後ろにいたマルコの手の中に。
こんなのも取れないのかと、マルコは呆れながらその酒をナマエに渡した。



「ナマエ、おれのことはオヤジと呼べェ。」
「じゃ、じゃあ…!」
「てめェらァ!新しい仲間だァ!!」
「「「うおおおおーーー!!」」」
「…オヤジ様……ありがとうございます!!」



これが、全ての始まり。








■■
弱いヒロインが好きです。




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