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10

 
赤葦くんの家で目を覚ましたその日も、いつも通り会社に出勤した。
急いで自分の家に戻って支度をして朝礼10分前には到着できた。赤葦くんは既に出勤していた。おはようと挨拶はしたけれど顔は直視できなかったから、赤葦くんがどんな表情をしていたのかはわからない。


「……はあ。」


案の定その日の仕事はどこか覚束なくて、いつもは終わってるはずの業務が定時近くになっても多く残ってしまっていた。
何回か盗み見た限り赤葦くんの様子はいつもと変わらない。赤葦くんは、もう帰るんだろうか。


「……!」


赤葦くんが電話中の時を見計らって盗み見ると、がっちり視線が合ってしまった。うそ、電話中なら目合わないと思ったのに。
赤葦くんは涼しい顔で電話に対応しながら、視線では「逃がさない」とでも言うかのように私を捉えた。
間もなく電話を終えて席を立った。こっちに近づいてくる。ど、どどどうしよう。


「名字さんすみません、東邦企画の前年度の実績ってどこにありましたっけ?」
「!」


内心焦る私を救ってくれたのは五色くんだった。ファインプレーだ、孫よ。


「それなら資料室に……あ、私取ってくるよ。」
「え!そんな、申し訳ないです。」
「いいのいいの、私も資料室に用あるから。」


遠慮する五色くんを押し切って席を立った。もちろん資料室に用なんてない。赤葦くんから逃げるための口実だ。



+++



「……ふう。」


資料室に入って心拍数を落ち着かせる。幸い誰もいないようだ。
まさかこんなにも自分が動揺するなんて。2年前くらいに人事部の先輩から告白された時は仕事に支障が出る程悩まなかったのに……今回は相手が悪かった。
赤葦くんが私のこと好きだったなんて、1ミリも思わなかった。同期の仕事仲間として仲良くしてもらってるものだと……。


「名字さん。」
「!?」


ようやく落ち着いてきた心拍数が赤葦くんの登場によってまた激しくなってしまった。


「え、な、どっ……」
「フッ……意識してくれてありがとう。」
「!?」


わかりやすく焦る私を見て赤葦くんは面白そうに笑った。いったい誰のせいで、と思うとその笑顔に少し腹が立った。


「名字さんを困らせるのは本意じゃないから……深刻にはならなくていいよ。」
「え……」
「俺のプライドがどうとか、会社での立場とか、そういうことは考えなくていいから。」
「あ、うん、はい。」


わざわざそんなことを伝えに来たのか。今日の私が明らかに動揺していて、仕事に身が入ってないことは昨日の全貌を知る赤葦くんにはバレバレだったみたいだ。


「その上で、じっくり品定めして。」
「品定めって……」
「俺が名字さんの彼氏に相応しいかどうか。」
「そんな偉そうなこと……!」


「品定め」とか「相応しい」とか、そんな上から目線で赤葦くんを見るなんておこがましい。


「すんなり付き合ってくれるんだったら俺は全然いいんだけど。」
「!」
「名字さん、とりあえず付き合うとか出来ない人でしょ?」
「……」


図星すぎて何も言えない。
好きじゃなかったけど告白されたから付き合ったという話は友人からも聞いたことがあった。そういう付き合い方を否定するつもりはない。うまくいく場合もあれば全然続かなかった場合もあるから、結局は当事者自身の問題だ。


「だってそんなの、赤葦くんに申し訳ない。」
「……ありがとう。名字さんのそういうとこ好きだよ。」
「なっ……」


あっさり「好き」という言葉を使ってくる赤葦くんに怯んでしまった。私の反応を見て楽しんでる節も見受けられる。


「なんか赤葦くん、前と違う……」
「そりゃ告白しちゃったし……俺はわかりにくいみたいだし。」
「!」


先日黒尾さんが会社に来た時のやりとりを思い出した。
どうやら私が赤葦くんを「わかりにくい」と言ったことを根に持っているようだ。






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