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03

 
今日は角名くんにご飯に誘われて、お互いのバイト終わりに角名くんオススメのパスタ屋さんに連れていってもらった。

「今更なんだけどさ、彼氏いる?」
「い、いないよ!」

確かに今更な質問に過剰に反応してしまった。角名くんのことが好きな私にとっては大事なことなのに伝えていなかった。

「そう、よかった」
「!?」

よかったって、何!?角名くんのいつもと変わらないトーンで言われた言葉に挙動不審になってしまった。恥ずかしくて居たたまれない気持ちになる私を角名くんはニコニコと見つめてくる。わかってやっているんだろうか。

「角名くんは、彼女いる?」
「いたらここにいないよ」
「あはは、そうだね」

また意味深な言葉で私の思考回路はぐちゃぐちゃだ。こういう時どんな反応をしたらいいのかわかる程、私の恋愛偏差値は高くない。

「えーと……ちょっとお手洗い行ってくるね」
「うん」

免疫がない私はとりあえずその場から逃げた。

「もー……!」

トイレに入って一人悶える。あんなこと言われたら、普通期待しちゃうじゃん。
私の角名くんに対する好意はもう伝わってしまっているんだろうか。彼女がいないって聞いた時、私も「よかった」とか言えばよかったのかな。言ったところで角名くんのポーカーフェイスが崩れるとは思わないけど。
もう少しだけわかりやすく、角名くんに好意があると伝えたい。そうしたら角名くんは告白してくれるだろうか。そんなズルいことを考えながらグロスを塗り直した。

「お待たせ」
「ううん。満腹?」
「うん、ちょうどいいくらい」
「じゃあそろそろ行こうか」
「うん。あれ、伝票……」
「大丈夫だよ」

席に戻ると伝票がなくなっていた。もしかして私がトイレに行ってる間に支払ってくれるという、スマートなことをしてくれたんだろうか。

「ご、ごめん、いくらだった?」
「いいよ、俺が誘ったわけだし」
「……ありがとう。ごちそうさまです」

こういう時も、どういう反応をするのが正解なんだろう。食い下がって割り勘にするのも違う。かと言って素直に甘えすぎるのもよくない。男性をたてるためにお店を出てからお礼を伝えたり割り勘の相談をしたりするっていう先輩もいた。
今の私の反応は可愛くないって思われちゃっただろうか。でも、やっぱり奢ってもらうのは申し訳ない。同い年だし、角名くんが誘ったからって言われてもそれは奢ってもらう理由にはならない。誘われて私はすごく嬉しかったから、むしろお礼をしたいくらいなのに。

「あ……アイス食べない?」
「アイス? うん」
「北口に美味しいとこあるんだって」
「へえ」
「アイスは私に奢らせてね」
「……フフ、変なとこ気にするね」


***

 
「うわあ……」

バイトが終わってさあ帰ろうと外に出たら土砂降りだった。今日の夕方は荒れるかもしれないってニュースで見たのに、急いでいた私は傘を持ってきていなかった。この雨の中傘が無いのはきつい。けど、無いものは無い。濡れるのは割り切って、帰ったらすぐにシャワー浴びて寝よう。

「名字さん」
「え!?」

雨の中を走り抜ける決意をした私に声をかけたのは角名くんだった。予想していなかった姿に思わず足を止める。

「入ってく?」
「えっ……」
「名字さん、傘忘れたんじゃないかなって思って」

角名くんがさしている黒い傘は大きめで、頑張れば大人ふたり入れそうだけど……いいんだろうか。相合傘になってしまうけど、いいんだろうか。

「……どうぞ」
「ありがとう」

戸惑ったものの、角名くんのことが好きな私に断る理由はない。このチャンスを逃してたまるかという思いでお言葉に甘えた。

「……」
「……」

角名くんとの距離が違いのと、傘に当たる雨粒の音が大きいのとであまり会話はできなかった。大きい傘といっても完璧にふたりの人間をカバーすることはできなくて、私の方に傾けてくれて角名くんの右肩が濡れてしまっている。それに気づきながらもただただ嬉しくなって、気の利いた言葉も言えない私はダメな女だ。

「ありがとう」
「どういたしまして」

そうこうしているうちにもう私の家についてしまった。過ぎてみればあっという間だった。もっと角名くんの匂いとか、堪能すればよかった。

「あっ……ま、待って、タオル、持ってくる!」
「え、別に……」

改めて正面から角名くんを見ると右肩がビショビショだ。私なんかのために申し訳ない。私は急いで部屋からタオルを持ってきた。

「はい。ごめん、結構濡れちゃったね……」
「大丈夫だよ。ありがとう」

なんか、濡れた姿が雰囲気あるというかなんというか……かっこいい。「水も滴るいい男」とはこういうことなのかと思い知らされた。

「えっと……お茶でも飲んでく……?」
「!」

ドギマギしてるせいか会話が続かない。それでも私も角名くんも別れを切り出すことはなかった。角名くんとまだ一緒にいたいという一心で出した言葉は、後から考えてみたら誘ってるとも捉えかねないものだった。別にそういうつもりで言ったわけではないんだけど、でもまあ、そういうことになったらなったでいいと思ってしまっている自分もいる。

「……いいの?」
「……うん」

ギラリと、角名くんの瞳の奥にいつもと違う雰囲気を感じた。それが何を意味するのか、理解して私は頷いた。


***

 
「角名くんコーヒー派?」
「え、いいよ水とかで」
「これ貰い物なんだけどなかなか飲む機会なくて」
「……じゃあ貰う」

角名くんが私の部屋にいるなんて、変な感じ。不燃ゴミの日に合わせて掃除したおかげで今の私の部屋は比較的綺麗な方だ。
誕生日プレゼントで友達から貰ったドリップコーヒーを不揃いのカップに注ぐ。コーヒー豆の匂いのおかげか、私の脳は思いのほか落ち着いていた。

「……いい匂い」
「だね。ブラックでいける?」
「うん」
「大人だ。私はミルクとシロップ入れないと飲めないんだよね」
「シロップ2つ入れてたよね」
「えっ……あ、そっか。うん」

私の舌はコーヒーをブラックで飲める程大人ではない。何で角名くんがそんなことを知ってるんだろうと思ったけど、角名くんのバイト先で飲んだコーヒーにもシロップを2つ入れていたんだった。そんなどうでもいいことも覚えてくれてたと思うと嬉しくなってしまう。どうでもいい相手だったら、そんなこといちいち覚えてないと思う。

「……あ、うちの店のカードだ」
「!」
「これは……」
「いや、それは……」

テーブルの上に無造作に置いてあったのは角名くんのバイト先のお店のカードと、角名くんとご飯に行ったお店のカード。なんとなく貰ってきて、捨てるに捨てられなくてそのままだったんだ。

「……」

角名くんは大きな手で自分の口元を押さえている。どうしよう、こんなの大切に取っておいて、気持ち悪い奴だと思われたかもしれなあ。

「ごめん、なんか捨てられなくて……」
「いや……ごめん、なんか照れるね」
「う、うん……」

お互いに照れてしまって気まずい雰囲気が続く。私も角名くんもまだコーヒーは飲み終えていなかった。

「……ねえ、何で部屋に入れてくれたの?」
「えっ……」
「相手が俺じゃなくても入れた?」
「っ、ううん……」

そんな中、角名くんが核心に迫る質問をしてきた。角名くんはきっともう気付いている。わかってるくせに今更聞くなんてずるい。

「俺も、名字さんが相手じゃなきゃ相合傘狙ったりしないし……そもそもわざとパスケース忘れたりなんかしないよ」
「!」

こんなの確信犯だ。角名くんにじっと見つめられて、思いがけない真実を告げられて何も言えなくなってしまった。バクバクと心臓が煩くなる私に対して角名くんは優しく目を細めてその言葉を言った。

「好きだよ」

こんな幸せなことがあっていいんだろうか。心拍が少しずつ落ち着いて、代わりに得体の知れないもので胸が満たされる。

「うん……私も、角名くんが好き」

私は角名くんのことが好きで角名くんも私のことが好き……気持ちを確認し合って、私達は恋人になった。お店のお客さんと恋人になるなんて思ってもみなかった。友達にも言われたけどドラマみたいだ。

「じゃあ、そろそろ帰るよ」
「え、あ、うん」

せっかく恋人になって部屋にふたりきりなのに、このまま何もしないで帰るの?なんてことを反射的に思ってしまった。

「……今日何もしないのは、ポイント稼ぎだから」
「えっ……」
「誠実さアピール? 大事にしたいからね」
「!!」

不満げな顔をしてしまったであろう私の頭を角名くんが優しく撫でた。

「……次会う時は、よろしく」
「は、はい!」
「フフ、いい返事」

誠実さアピールなんていらないし、我慢なんてしなくていいのに。そう思ったけど口には出せなかった。次に会うのはまたシフトが被る火曜日だろうか。それまでにいろいろ覚悟を決めておこうと思っていた矢先、帰った角名くんから「明日バイト終わりに会おう」と言われて枕に顔を埋めた。



( 2019.6-7 )
( 2022.8 修正 )

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